第76話 回想の終わり

 最後に長くなった回想のまとめを述べる。

 俺はいったい何者で、高橋とはどのような間柄あいだがらであるのかということについて語ろうと思う。

 

 俺は旅人である。

 かつて幼少の頃に出会ったアイツを崇拝すうはいしているわけなんぞないが、その生き方に対して目を向けるべきところはあった。何より、俺に確かな金言きんげんを残したことだけは感謝している。


『どこか。ここじゃない、どこか』


 そんな想いを腹の中心にえて生きている俺は、どうしようもない旅狂たびぐるいだった。


 続いて高橋との間柄だ。


 今となっては時代錯誤じだいさくごで、あまり好意的には受け取られない言葉だろうが、かつては「男は船、女は港」という表現が広く知られたことがある。なんというかその言葉こそが、俺が高橋に感じている恩恵を表すのにしっくりときた。


 高橋は俺の帰るべき場所になってくれる女性であった。

 彼女なくして、俺は一つところに留まることができない。

 彼女がいかりとして俺を故郷と係留けいりゅうしてくれるからこそ、俺は未だ、異邦人として大洋の漂流ひょうりゅう船とならずにんでいるのである。


 以上が回想のまとめとなる。

 だが最後に一つ、余談を付け加えてみる。

 

 かつて、そんな高橋への想いを馴染みの誰かに告げたことがあった。「彼女は俺の港なのだ」と。ただの惚気のろけだ。だが、そのときに返ってきた言葉が、俺の心に一つのとげとして残っている。


「それってお前、いかりってことは重石おもしだろ? 本人には言うなよ、重たい女だと言われたって誤解されるぞ?」


 絶句した。

 とにかく、そんなつもりで言ったんじゃないと否定の言葉を口にしようとした。だが、口腔こうくう内から飛び出る前に食道の中を転がり、ストンと腹の奥へと落ち込んでしまった。


 俺が高橋を重石として捉えている。

 確かにそれは側面そくめんからみた俺の本心であった。


 いや、そんなのは言い方の問題であり、言葉のあやだ。彼女をネガティブに捉えたことなぞない。

 しかし、どうしても考えてしまう。


 ──もしかしたら俺は、高橋という錨から解き放たれたいのではないか?


 考えてはいけないと思うことほど繰り返すのが人というもので、それはいわゆるカリギュラ効果というものだった。だから俺は微塵みじんにも思わない愚考ぐこう反芻はんすうしてしまうのだ。

 そんな風に自らに言い訳をする。


 もし今。

 高橋から別れを告げられて見限られたとしたら、俺はどうなってしまうのだろう。きっと同じ場所に立ち続けていないことだけは確かだった。


 大洋をあてもなく漂流する幽霊船になってしまうに違いない。もしくは幼子おさなごの手を離れたヘリウム風船のように大空にて破裂するのだろうか。どちらにせよ、あまりろくな目にはあいそうにない。

 

 彼女という錨が、俺には必要だった。


 これをもって回想を終える。

 俺が高橋をどのように想っているのかというのは、これで大方おおかたに伝わってくれたことであろう。

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