第69話 京都での見送り(京都にて、エピローグ)

 京都駅の改札前にて、俺は見送りを受けていた。

 見送りに来てくれたのは山本さんである。

 本当はもう一人、義妹いもうとさんの方からも別個べっこに「見送りに行きますっ」と言われていたのだが丁重ていちょうにお断りしておいた。先に山本さんから話を受けていたからだ。

 

 彼女らの対面はまだ実現していない。

 

 理由は山本さんがウダウダしているから。「でも今日は天気が悪いし」なんてどうでも良いゴタクを並べる彼女はヘタレである。この見送りの機会をもってブッキングさせてやろうかとも思ったが、彼女には彼女のタイミングというものがあるはずだ。そこは彼女を信頼することにする。


「佐藤くん、本当にありがとう。君のおかげで、またいつか故郷に帰ろうって気持ちになれたよ」

「やっぱり京都からは離れるつもりなんですか?」

方々ほうぼうに就職が決まったってホラ吹いちゃったからねぇ。もう一々いちいち説明するのも面倒臭いし、上京して職を求めるのもアリかなぁってさ」

 

 彼女は現在無職である。

 元々は京都の企業に就職していたが婚約者とのゴタゴタで退職しているし、身を寄せていたガールズバーも、すでに従業員一同から盛大に送別を受けている。今更いまさら「やっぱり嘘でした」と言うのはバツが悪いのだろう。その送別会には俺も参加したが、悪びれもなくほかの従業員と抱き合って別れを惜しむ様子は「女って役者だ」と開いた口がふさがらなかった。

 婚約者さんはよくもまあ彼女のことを演技が下手だと評したものだ。全然わからなかったぞ、あれ。


「幸い、オーナーのツテで東京でも住むところには困らなさそうだし。またバイトしながら職を探すよ。後から追っかけるからよろしく。あーあ、これでまたひとつ、オーナーへの恩が増えちゃったよ」

「いつか恩返ししないといけませんね」

「そうだね。うん絶対にそう。頑張るよ、私」


 軽くすすり上げるように鼻を鳴らすと、彼女はそう言う。

 ガールズバーのオーナーさんだけは山本さんの事情を知っている。山本さんへと手紙を渡したその日、階下へと降りてきたオーナーさんと今後について相談したからだ。

 山本さんの真意しんいを知ったオーナーさんは泣きながら彼女を叱っていた。そして最後にはきつく彼女を抱きしめていた。その姿はまるで母子のようだった。あのオーナーさんはイイ人だ。次に京都にきた際には必ず顔をだそうと心に決める。


「さて。どうせ私が東京に行ったときには一緒に飲みにでも行こうと思ってるから、あんまり大層たいそう挨拶あいさつをする気はないのだけれど──佐藤くん、ひとつだけいいかな?」

「はい、なんでしょう」


 山本さんが改まって声をかけてくるものだから、居住いずまいを正して聞く。


「君と最初に会ったときに聞いた話なんだけど」

「はい」


 そう言われてもそのときの記憶は俺にはない。すべてウイスキーが忘却の彼方へと持っていってしまっている。しかし「なんの話です?」なんて聞ける雰囲気ではなかったので、神妙に彼女の話を聞き続ける。


「いい? この先で上手くいかないことがあったとしても、絶対にヤケになったら駄目よ。普段のあなたのままでいられたら、君ならそれできっと上手くいくはずなんだから」

「なんだか意味深ですね。怖いんですけど……えっなんか起きるんですか、この先、俺?」


 脅かすような物言いの山本さんへと尋ねる。すると彼女は「そんなに気にする話ではない」と前置きしてから答える。


「ただの女の勘、かな? 話を聞く限り……なんだかちょっとねえ」

「はあ……」


 要領を得ない返答である。彼女は最後に「自暴自棄じぼうじきになって、とんでもないしくじりを犯しちゃった先達せんだつからの忠告。君には同じような目にはあって欲しくないかな」と言って話をめる。

 とにかく、彼女なりに心配してくれていることがわかったので素直にきもに命じておく。常時ニュートラルな心持ちでいるのは難しいことだが、人よりは得意な方だと自負している。


 そのように変な自信をもって頷いていると、山本さんの背後の遠く先に一人の人物がいることに気づく。それなりの距離があったが、誰なのかははっきりと分かった。ずっと所在なさげに棒立ちになっているが、それも仕方ないことだろう。彼女にしてみれば思いがけない人物がこの場にいたのだ。どうすればいいか分からなくなってしまうのも無理はない。


「よし」 


 これが京都を離れる前の最後の仕事だと納得して、俺は山本さんへと話しかける。


「では俺はこれで失礼します。東京にきた際は連絡をくださいね」

「ええ、必ず」

「あと、もうひとつ。さっきの言葉をそっくりお返ししますけど、普段の山本さんであればそれで大丈夫なんですから、気負わずに頑張ってください」

「え──あっ」


 俺の言葉と視線により、山本さんが振り向く。

 そこにいたのは高校生くらいの少女、義妹いもうとさんであった。すでに義妹と呼べる理由はどこにもないのだが、それでも山本さんにとって唯一無二の妹であることには違いない。どうやら断りはしたが、それでも見送りに来てくれた様子だった。

 予期せぬ邂逅かいこうである。

 しかし、これで良かったのだろう。

 山本さんのヘタレぶりからすると、再会はいつになるか分かったものではなかったから。


 互いを視認しあった二人は、どちらともなく歩み寄る。義妹さんはやや駆け足に、山本さんは恐る恐るとゆっくり歩を進める。


 俺は、最後まで彼女らの様子を見守らずにきびすを返して改札をくぐった。何故ならばそっちの方が格好がつくような気がしたからだ。

 旅人ならば一度ぐらい、振り返らずにクールに去る、なんてことをしてみたい。今はその絶好のチャンスであった。ここで後方から「佐藤くん、ありがとう!」なんて言葉がかけられて、それに片手を上げて応えるなんて真似ができれば最高だったが、そうそう都合よくはいかない。そのままかどを曲がってしまい、二人の様子がわからなくなってしまう。

 するとなんだか不安になってしまい、角から顔を出してのぞいてしまった。


 二人はそんな俺に気づいて反応していた。

 山本さんは「あはは、やっちゃった」と言うように楽しそうに笑い、こちらへ手を振ってくる。義妹さんも同様に苦笑しながらも深々とお辞儀してくれた。

 二人で並んで、こちらを見ていた。

 最後の最後で締まらない別れ方になってしまったが、そんな二人の様子を見れたので良しとする。ゲットワイルドするのは、またの機会にすることとしよう。


 そのようにして古都の旅は締まらないまま終わった。

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