第65話 独白③(京都の乙女視点)
昔話を語りおわり、鴨川沿いをある程度歩み終えると、同行者である佐藤くんは「一度、お店に戻りませんか」と言う。
私はそれに頷いた。
途中、会話らしい会話はなかった。
無言で歩く彼の様子を見る。
彼はいったい、今の話をどう
やっぱり
私の事情を知った人間は大まかに、二つの反応をとることが多い。
同情するか無反応か。
はっきりと不快を示してくる人は
そりゃそうだ、誰だってこんな女と関わりたくない。
誰もが、私という
しかしときには、あの店のオーナーや従業員の娘たちみたいに、何かしらの同志のような扱いを受けることもある。あそこの人達の背景にだって色々ある。
本当にありがたい。
とはいえ、あの人達と共感できないこともある。
「山本さんは優しい人」
やめてくれ。
そんなの
だから、私のことを真に理解している人は、私を
面と向かって言われたわけではない。
だが、
『あの菓子屋の息子さんは悪い女にひっかかったらしい』
『
そうなると元凶である私へのヘイトは
『
『クソビッチ』
『恥知らず』
『どうして死なないの?』
『俺だったら耐えられないなぁそんな恥』
『ねぇどうして死なないの?』
『もうどうしようもないな、そんなやつ』
『ほら、みんな言ってるよ。死んだ方がいいって』
『生まれ変わった方がいいな』
『ほらほら。だから、ね。誰にも迷惑がかからないように入念に準備をして、そして一人で。ね、そうしよう』
うん。そうだよね、やっぱりみんな私のことをよくわかってる。
私もそう思うから。
「──山本さん、着きましたよ」
「あごめん、ぼうっとしてた。飲みすぎたかな?」
佐藤くんに言われて我に帰る。
気がついたらガールズバーの前だった。
すでに客の姿もなく、店じまい直前だった。従業員もオーナーだけが残っており、これから少しばかり作業をするから二階の事務室を貸してくれと頼まれる。
貸すも何もあの部屋は私が借りている身なのだから、拒否する
彼はカウンター席へとつき、私は飲み物を準備するためにカウンター内へと入る。オーナーからは待ってる間、飲んでいてもいいとの許可はもらっている。
「山本さん」
「んー、なに?」
「
そんなことは初めて言われた。
少しばかり、驚いてしまって彼の顔を見る。
真っ直ぐとこちらを
ああ、この『眼』だ。
出会った当初。この眼を見てしまって、私は彼の話を聞いてみようと思ったのだ。何事にも関心を持っていないような眼。
がらんどうだ。
まるでロボットみたいな人が来たと思った。しかしいざ話してみると、感情豊かにたくさんの人情あふれる話をしようとしてくれる。その姿はロボットはロボットでも、必死で人と同じになろうとするアンドロイドだ。親愛を感じるには余りある。
「山本さん、一つ聞いてもいいですか?」
「なに?」
「東京に就職が決まったって言ってましたけど、どこの何という企業ですか?」
「それは──」
唐突な質問に戸惑う。
その答えはしっかりと用意しているはずなのに、今この状況でそれを受ける意味を考えると
「どうしてそんなことを聞くの?」
「山本さんの引っ越し作業を手伝ったとき、ふと思ったんです。『この人、身辺整理をしてるんじゃないか?』って。普通いませんよ、京都から東京に引っ越すのにあんな最低限以下の荷物しか持ち出さない人は、思い出の品などを処理していたんでしょう?」
「すごいな君は、何でもお見通しか……」
「旅人ってのは、その手のことをよく頼まれるんですよ。後腐れがないんでしょうね」
「それはそうだ。私もそんな
佐藤くんはそこで一度、
「『どこか。ここじゃない、どこか』へ行きたい。それはいいと思います、けどその場所だけは今はやめておきましょう。そのうち行けます」
「どうしてそんなこと言うの?」
「頼まれたからです」
「誰に?」
「あなたの
そこで予想だにしなかった名前があがる。
だから驚いて否定した。
すると佐藤くんは
「彼女も薄々勘づいていたようです。そして『
「嘘よ、そんなはずない」
「嘘じゃありません。少し
「そんなはず……ない」
「俺はそうは思いませんよ。彼女はお兄さんの死を悲しんではいますが、あなたの心配もしています。あなたがいなくなった場合、過分な責任を感じてしまうはずです、今のあなたと同じように」
「だってだって、私なんて誰にとっても迷惑で、恥知らずで──」
「もっとシンプルに考えましょう。誰がなんと言ってきてもソイツは俺と同じく部外者ですよ。もっと当事者のことを考えてください。あなたが気にするべきは、その婚約者さんのことです。もっと彼のことを思いやってください。彼が本当は何を望んでいたのかをしっかりと知ってください。そして彼のためにできることを探してください。あなたたち二人に足りなかったのはそこです」
佐藤くんはそんな風に言うが、それこそ意地悪な話だ。
アイツが望んでいることなんて私の不幸だけに決まっている。
だから私が取ろうとしている選択は間違いではないはずだ。
そう思って佐藤くんを見ると、彼は
「これは?」
「義妹さんからお借りした彼の日記です。そして今日は、このことをあなたに伝えにきたんです──」
そして佐藤くんは信じられないこと言う。
「そもそもの話。彼は『自殺』なんてしていませんよ」
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