第62話 私からの言いわけ話、聞いてくれる?

 ガールズバーへと到着すると、なぜか私服姿の山本さんが待っていた。


「あれ、お仕事中では?」

「あーなんだか、みんなが盛り上がっちゃって──」


 視線に追従して顔をむけると、そこには意味深な微笑みを向けてくる従業員一同がいた。なるほど、俺が仕事終わりに用があると言ってきたのを周りにらしたらいらぬ気遣きづかいを受けたと、そういうところであろう。しかしそう簡単に仕事に穴を開けても大丈夫かと確認する。


「責任者からのお達しじゃあ、逆らえないしね」

「責任者?」


 言われてみてみると従業員さんの中に一人、少しばかり年嵩としかさなお姉さんが紛れていることに気づく。オーナーさんである。さすがに他と同様にセクシー衣装に身を包んでいるわけではないが心配になる。まあキツめの美人だというだけで、カウンター内にいてもまったく変ではない。接客されて嫌な思いをする人はいないだろう。もしかしたらその尋問を受けているかのような鋭い視線にゾクゾクしてしまう者が出てしまうかもしれないが、それはそれで結果オーライだ。フットワークの軽い経営者がいてうらやましいと思うことにする。


「二人とも、気にせず行ってきてください。佐藤くんには昨日お世話になりましたし、山本さんもこれまでずっとお店に貢献こうけんしてくれましたから」


 オーナーさんはそう言って山本さんへと近寄り、何某なにがしかを彼女に吹き込んでいる。うん、「なんなら略奪りゃくだつしてきなさい」とこちらにまで聞こえてきている。

 東京の高橋よ、俺は飲み過ぎには注意して行動するから安心してくれ。


『いってらっしゃい』


 そのようにしてガールズバーを後にする。

 従業員の女性たちから笑顔で送り出されたものだから「さっ、気の重くなる話をしましょうか」とはならずに、しばらく様子見をするしかなくなってしまった。


「佐藤くんは晩御飯は食べた?」

「あ、夕方ごろに」

「そっかじゃあ軽い食べ物があるところでもいい? 私はまだ食べれてなくて」

「ああ。なら何でもつきあいますよ。夜食にラーメンでも行こうかなってぐらいの腹持ちだったんで」

「わお、若い青年の胃袋は宇宙だねぇ。よしきたなんでもおごっちゃうよ。好きなの言ってちょうだい」

「いや、そういうわけにも……」

「いいのいいの。早々に白状するとオーナーから一包ひとつつみ持たされてるから、いちおうこれ、昨日のお礼に佐藤くんを接待してこいって名目めいもくね」

「そういうことなら、遠慮なく」


 何がいいかと問われたので「納涼床のうりょうゆかというものに興味がある」と答えると「今の時期に、それも予約なしで行けると思う?」と返されてしまった。そうなのですか。


 よって地元ピープルである山本さんに連れられるがまま、日本料理屋に入る。出てきたのは本格的な懐石かいせき料理であり、気合を入れて有難ありがたくいただいた。人の奢りで高級料理をいただくと気分が浮わついて仕方がない。


 美味な料理を堪能たんのうし、若干の麦酒をたしなんで店外へと出たものだから、ほんのりと気分がいい。

 しかし、するべき話はしなくてはいけないと思い「少し歩きましょう」と山本さんを誘う。彼女はとくに抵抗なく頷いてくれた。


 近くにあった川、かの有名な鴨川沿いの遊歩道を歩く。

 穏やかな川の流れと、適度な人の喧騒けんそうがちょうどよい。

 この時間帯でもまだまだ多くの人がいた。

 ひたすら前のみを見て直進するもの。ぼんやりと空を眺めながら立ち止まるもの。同伴者どうはんしゃともに楽しげにゆっくりと歩をすすませるもの。川べりに座り込んで、何が悲しいのか一人ですすりり泣いているもの。

 そんな彼らの様子を眺めながらに、俺は山本さんへと話しかけた。


「実は、山本さんの実家近くの和菓子屋に行きました」


 そこであったこと、義妹いもうとさんに出会って頼まれごとをされたことを正直に彼女に話した。


「そっか。ということは佐藤くんは私の事情を知っているってことだよね」

「はい」


 山本さんはなんでもない事を聞いたように振る舞い、たずねてくる。


「それで、軽蔑けいべつした?」

「しませんよ」

「それじゃあ、同情してくれる?」

「してますよ」

「それはうそだなぁ」


 山本さんはそう言って力無ちからなく笑う。


「君の『眼』はそういう感じじゃないもの。なんというか憐憫れんびんってのはこうさ、有難くはあるけれど、ときにはヌルりとした嫌らしさを感じることもあるもの。『ああ、この人は底辺にいる私を見て安心しているな』ってさ。本当に人間って、そういうこと思うもんだから、嫌な生き物だよねぇ、同情すらまともに受けることができない」


 それでも、と彼女は言う。


「君みたいな人がいるから安心できる。人のことを可哀想だとは思っているんだろうけど、本気じゃないというか、『そんなのいくらでもありふれている話だ』って顔してる。妙に達観しているよね、君って」

「そんなつもりはないんですけどね」

「そうかな。お姉さんは心配だよ」


 そう言って彼女は、短く息をつく。

 きっと、色々と気持ちの整理をつけている最中なのだろう。

 余分なことは言わずに、彼女からの言葉を待つ。


「私はさ。生まれ育って、たくさんの良い思い出ある故郷から離れたいって思ってるのさ。もうこんな針のむしろみたいな場所にはいられないって思ってる。多分、もう一生帰ってくることはないんだろうなぁって。『どこか。ここじゃない、どこか』へ。それがどうしようもなく寂しい」


 そうして踏ん切りをつけたように言う。


「私からの言いわけ話、聞いてくれる?」

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