第61話 高橋との会話

 その後も、義妹いもうとさんとの会話は続いた。

 決して誤解やすれ違いが生じないように、関わる人が少しでもいい未来へと向かえるように、何を考えればいいか、そして何をするべきか。

 そんなことを思いながら、彼女の話を余さずに聞き続けた。


義姉あねに渡してもらいたいものがあります」

「なんですか?」

「兄の日記と──そして手紙です」


 テーブル卓に乗せられたのは一冊のノートと一通の封筒だった。


「日記を読んでみてください」

「拝見します」


 義妹さんからの断りを得て、目を通させてもらう。

 そして思う。

 これは確かに山本さんに伝えなければならない。

 彼女のためにも、彼のためにも。


「手紙については、まだ誰も目を通してはいません。それは義姉あてにしたためられたものですから」

「確かに届けます」

「よろしくお願いします」


 最後に義妹さんから深々と頭を下げられる。

 そしてこの健気な少女のためにも、責任をもってことにあたらせてもらうつもりだった。


 会話を終えると義妹さんは仕事に戻り、俺は土産物みやげものを購入して和菓子屋を後にする。このままガールズバーへとおもむいて山本さんと話をさせてもらいたいところであったが、あせってつけるべき話ではない。

 まずは彼女へと連絡をとり、今日の予定というものを確認する。本日も変わらずに出勤するようで、明日は休日だという。それならば、今日の仕事終わりに時間をもらえないかと提案して了承を得た。


 夜になるまで時間があったので、手持ち無沙汰ぶさたとなる。

 俺はぼんやりと京都の街を散策しながらに高橋へと連絡をとっていた。

 電話越しに彼女の声を聞く。


『もしもし?』

「いま、いいかな?」

『いいけど──どうしたの、何かあった?』


 さすがは高橋だ。俺の声音こわねで見抜かれてしまったようである。


「少しばかりさ。旅先のえんを『あはれ』に感じてたとこ」

『そんな迂遠うえんに言われても、よくわからないよ』

「ちょっと声が聞きたくなった。あと高橋には聞きにくい質問をしたいと思うんだけど、いいか?」

『わかった。なんでも聞いて」


 躊躇ちゅうちょなく答えられる。

 本当によくできた女性だ。

 これでれ直したのは何度目か、わからないくらいだ。


「高橋はさ。俺があのとき君のことを『許せない、嫌いだ』って言っていたら、どうしてた?」

『死んでたかも』

「……冗談でも勘弁かんべんしてくれ」


 洒落しゃれにもならない返答を聞いてしまい、ゾッとする。

 想像にもしたくない。

 しかしそれでも、無理矢理に想像力を働かせる。

 俺の心無い一言により高橋がいなくなってしまったとしたら、俺はどうなってしまうだろうかと。

 思わず顔をしかめてしまった。

 想定だけでこれだけ胸が痛くなったのだ。

 だから彼女のこと思うと、やりきれなくて仕方がない。


『結局できないだろうとは思う。でも、それぐらいに追い詰めた思考はしていたかもしれない。どうすればこの苦痛から逃れられるかって。そんなことばっかり考えてたな』


 高橋はそこでをとるとつぶやくように言う。


『いま思い返してみると、本当に自分のことばかり』

「今は大丈夫なのか?」

『うん、大丈夫。佐藤くんのおかげ』

「そいつを聞いて安心した」


 はっきりと答える高橋の声に安堵する。

 そして俺は高橋に「そろそろ東京に戻るよ」と伝えた。


『でもその前にしなきゃいけないことがあるんでしょ?』

「鋭いな」

『また誰か、旅先で出会った人?』

「うん、そう。すごい迷惑かけたからさ、罪滅つみほろぼしのために色々と雑用していたんだけど、その人の境遇がいたたまれなくてさ。お節介せっかいを焼こうかと思ってる」

『そっか、上手くいくといいね』

「ああ、ちょっと気張きばってみる」

『佐藤くん』

「ん、なに?」

『ううん、やっぱりいいや。帰ってくるの楽しみにしてるね』

「おう、お土産は期待していてくれ」


 そうして高橋との通話を終える。

 彼女の声を聞けて、気持ちを落ちつかせることができたようだ。時間を見るとそろそろいい時間である。「よしいくか」と改めて気を引き締め直し、俺は京都の飲み屋街へと足を向けた。

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