第60話 彼女が浮気をしたから

「えっと……」

「大丈夫です。本当はあのとき、気づいていましたから。私が義姉あねを見間違えるはずもありません。そして私たちとはもう、会いたくないんだろうってことも……わかっているんです」

 

 どうやら以前、俺がついた嘘は気づかれていたようである。

 そしてあわす顔もないことはわかっていると義妹いもうとさんは言う。


「それでも、私は彼女に会いたい。ううん、会えなくても伝えなきゃいけいないことがあるから」

「お気持ちは理解しました。話の腰を折るようで申し訳ないんですけど、まずはこちらの立場から説明してもいいですか?」

「え、っと?」

「実は、つい最近に知り合ったぐらいの仲なので、山本さんの事情というものを知らないんです」

「そうなんですか、私、てっきり──」


 気持ちが先走ってしまったのだろう。俺のように、言ってしまえば部外者へと勢い込んで話す義妹さんに断りを入れる。お茶をすすめて落ち着いてもらってから、もう一度、俺に込み入った話をするべきかどうか考えてもらった。

 きっと、彼女にとっても告白しづらい話であろうから。


「いえ構いません。もう私には頼れるものがありません。義姉が私たち家族を拒絶しようとも、兄のために、お伝えしなきゃならないことがあるんです。お願いします。あなたには迷惑をおかけするだけになると思いますが、どうか──」

「わかりました。山本さんへと言付けを預かればいいのですね。それぐらい、迷惑なんてものではないです」

「ありがとうございます」


 そう言って彼女は深々と頭を下げた。

 それを受けて、気を引きしめる。

 これだけ誠意を見せての頼みごとであるのだから、いくら言付け程度だとて粗雑そざつに取り扱うことは許されない。


 まずは改めて自己紹介をするところから始める。

 俺は自らの名前と放浪の旅をしている学生だと伝えたのち、彼女について知る。

 彼女はこの和菓子屋の娘だと名のり、山本さんとはご近所付き合いからの幼馴染おさななじみであるらしい。幼少の頃から彼女とは姉妹のように接しており、とても親しい間柄であったという。

 それは彼女の二人いる兄たちにとっても同様で、特に山本さんと同い年である次兄とは男女の仲としても関係が親密であった。


「二人が婚約したという話を聞いて、とても嬉しかったんです。これでやっと大手を振って彼女を『姉』と呼ぶことができると、そんな風に喜んでいました。それはウチの家も、山本さんの家も同様で、二人を邪魔するものなんて何もない。そう考えていたのに──上手くいかなかった」


 義妹さんはそこで気落ちしたように声のトーンを落とす。

 なので理由を聞くのが少し躊躇ためらわれたが、ここは腹をくくる。「それは、どうして?」


「兄が……婚約を破棄したんです。理由は『彼女が浮気をしたから』だと言って」


 苦々しく口を開く彼女は本当に辛そうであった。なので、少し間を置こうかとお茶のおかわりを提案するも、首を振られる。このまま一気に話しきってしまうつもりなのだろう。


「当初は誰も信じませんでした。あの義姉に限ってそんなことはないと、何かの間違いではないかと、何度も次兄を説得しましたが聞き入れてもらえず。二人は別れてしまって──そして兄は交通事故によって帰らぬ人となりました」


 唐突な話の展開に、少しだけを身を強張らせる。

 しかし山本さんの婚約者がすでに鬼籍に入っていることは、不確証ながらに身構えていたことであった。それなので義妹さんが告白の苦痛にさいなまれてしまわぬ様に、早々に先を促す。


「不注意による不幸な事故だったと。そういう形で決着がつきましたが、事故検証の際にこんな目撃証言もあったんです。『自ら身を投げたように見えた』と。実際に、警察の方も自殺の可能性を考慮していたそうです」

「それは──残念なことです」


 哀悼あいとうの意を表するのに、どんな言葉が適切なのか見つけることができず、そんな言葉を返す。自殺したかもしれない者の遺族に対して、なんという言葉をかけるのが正解なのか、俺にはわからなかった。


「そして私たち家族を打ちのめす事実がもう一つ、ありました」

「それはどんな?」

「兄の携帯に残されていた、写真です」

「写真?」

「はい。事故現場で発見された際に、表示されていたのがそれだったそうで。おそらく兄が最期さいごまで見続けていたのが、その写真だということになりました」

「いったい、どんな……?」

「──の写真でした」


 義妹さんは、そこでギュッと全身を硬直させた。しかし口だけは閉じずに、そのまま言葉を放つ。


「義姉が兄とは違う男の人と、まぐわう様に口づけをしている写真でした」

「……まさか」


 ついそのように言葉を発してしまう。

 とてもじゃないが、山本さんの印象とはそぐわぬ言葉に驚いたからだ。

 しかし義妹さんは、フルフルと首を振って答える。


「私も見ました。とてもじゃないけど信じられなかった」

「そうです、か」

「はい。そして、申し訳ないのですが……」


 彼女はチラリとこちらを様子を見てから言う。


「あなたこそが。相手の男性だと、そう思っていました」


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※ こういう鬱々とした話のアンチテーゼのつもりで書き始めた小説なのに、なんでこんなに気持ちが下がる話を書いてるんだろう?

 不思議。

 ノンプロットあるある。

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