第59話 義姉は元気でしょうか?

 翌日、寝床ねどことしているホテルの一室にて目を覚ます。

 昨日の興奮もあってか、少しばかり短い睡眠時間で起き出した俺は、今日の予定を構想する。山本さんや他の従業員の人たちの様子も気になるところだし、夜は変わらずガールズバーへとおもむくこととして、それまでの間は少しばかりゆっくりとした時間を過ごしたく思う。

 暴力沙汰が起きたわけではなかったが、荒事あらごとというのはいくら経験しようとも慣れるものではない。けずれてとがってしまった精神を丸めるためにも、ここは一つのんびりとやらせてもらおうと決意する。


「そういえば、京都の土産でも一つ。買っておくべきか」


 そろそろ旅に出てから結構な時間が経とうとしている。

 大学とて、いくら長期休暇が長かろうといつまでもお休みなわけではない。東京へと帰還する目処めどというのも立てないといけなかった。

 とにかく今日は、高橋や鈴木たちに買っていける京名物を購入しておこう。


 そうなると何がいいのか。

 定番といえば「生八なまやはし」などを買っていくのがいいだろうが、なんだか修学旅行の土産を買う高校生のような気分にならなくもない。せっかくなのでもっと目新しいような、オシャレなものを持参したい気分だった。


「あ、でも。和菓子、京菓子か──綺麗きれいだったしな」


 八ツ橋から連想を得たが、それ以外にだって京都には様々な菓子が存在している。色彩豊かで見た目にも美しいものも多く存在するために、高橋には特に喜ばれるような気がした。鈴木の好みは二の次だ。

 そうすると、どこの店にしたものか──悩まずとも一つの店舗を思い浮かべる。山本さんの実家の斜向はすむかいの店である。


「けどなぁ……」


 あのとき出会った少女との会話と、それと昨日の酔客すいきゃくの心無い言葉。双方を考慮すると、あまり楽しそうな話は想像できない。そんな中へと、よく事情を知らぬ若造が一人で突入するのは、場違いな気がした。

 とはいえ、何もしなければ何も起きない話ではある。

 あれこれと思い悩まずに行ってしまうがよかろうと、特段に気負わずにそちらへと足を向ける。


 公共交通機関を利用して、和菓子屋へと到着する。

 今日も賑わっており、入店するには少しばかりの時間を要した。

 

「いらっしゃいませ──あっ」

「あ、そのせつはどうも」


 やっとこさ行列の先頭に立って、店員さんから案内をしてもらおうかとしたところで、その店員さんが見知った人物であることに気づく。

 山本さんを義姉あねと呼んだ少女だった。

 少女といっても、田中ちゃんと同じくらいの年齢に思えるので、高校生だろうか。来店してくるお客さんにハキハキと接する様子には好感を覚えた。

 向こうもこちらに気づいたようで驚いたような顔をしていたが、やがて通常通りの接客を受ける。


「ようこそ、いらっしゃいました。茶房の方は利用いたしますか?」

「あ、なるほど──それじゃあ、ぜひ」


 どうやら中には喫茶できるスペースがあり、甘味処かんみどころとしての側面もあるようだった。せっかくなのでお茶させてもらいたく思い、席へと案内される。

 メニューをもらい、季節のおススメというセットメニューを頼む。

 結構なお値段がしたが、茶道楽ちゃどうらくというのは奥深く、品質の良いものを望むにはそれなりの対価が必要なものなのだ。残念なのは、俺の舌が違いのわかる高感度の味蕾みらいを備えていないことであるが、まあこういうのは雰囲気で美味しくなるものだから、しっかりとお値段以上の満足は得られるはずだ、多分。


 注文を待ちつつ、これからのことを考える。

 とはいえ、とくにこれといった何かを考えているわけではない。ぼんやりと「これからどうしたもんかな」と己の無意識むいしきへと小石を放り投げて波紋はもんを起こしているだけだった。

 すると浮かび上がったことが一つある。

 それは山本さんのことであった。

 

 もしかしなくても彼女は何かしら複雑な事情をもった女性である。世話になった身の上から、力になってあげたい気持ちはあるが、はたしてそれは気持ちの押し売りになりはしないかと心配になる。

 大した力にもならないのに「へー大変だね、何もできないけど応援するよガンバ」などと気軽に口にするのはけたい行為である。

 ときにはそのように親身にならない安い同情が人を救うこともあるし、辛い身の上を誰かに理解してもらえることが、どれほど得難えがたいことかということも理解している。

 しかし他人の事情に首を突っ込むからには、全てを解決せしめたいと思ってしまうのは男のさがだ、どうしようもない。そうでなくとも、せめて自らができる範囲においては全力を尽くしてやりたいと思う。


「とは言っても、まだ何も話は聞いていないからな」


 未だ彼女からはその身の上を話された試しはない。そしてこのままお別れする可能性も十二分にあり得るのだ。であれば、こちらから踏み込んでみるべきか、はたまたそれは大きなお世話なのか。

 

 悩ましい。


 そんな風に云々うんぬんと頭をひねらせていると、注文の品がやってきたことに気づく。


「お待たせしました、季節のおススメです」

「ああ、ありがとうございま……す?」


 目を丸くする。

 やってきたのは山本さんの義妹いもうとさん? だったのだが、格好が違っていた。先ほどまでは和装、お店の制服に身を包んでいたはずなのに今は洋服なのだ。おそらく彼女の私服である。

 その格好が場違い、とまでは言わないが、わざわざ着替えをされる理由がわからずに困惑する。すると彼女の方から説明を受ける。


「すいません、本当はあまりよくないんですけど。どうしてもお話がしたくて、休憩に入らせてもらいました。どうか、少しだけでいいので時間をいただけませんか?」

「ああ、なるほど」


 どうやら込み入った話を俺としたいようだ。そうなると制服のままでいるのは確かに都合が悪いであろう。事情は理解できた。なので「はい、どうぞ」と了承し、彼女を席へとすすめる。「ありがとうございます」と彼女は対面の席へとチョコンと座った。

 そして言う。


「山本さん──いえ、義姉あねは元気でしょうか?」

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