第50話 いざ京都へ

 大阪で伊藤くんと渡辺くんと別れてからより、レンタカーにて移動する。目的は一人の男性と落ち合うためだ。

 長崎にてお世話になった、田中ちゃんのお義兄にいさんだ。

 彼は再会するなり笑顔で話しかけてくれる。


「やあ、二日ふつかぶり」

「確かに、久しぶりって感覚でもないですね」


 俺の方も笑いながら応じる。

 なんとなく常套句 じょうとうくとして「久しぶりです」と言いそうになったが、よくよく考えずとも、そんなに時間は経っていない。大阪までの道中で色々ありすぎたために、なんだが長い時間が経ってしまったようにも感じる。


 再会の挨拶もほどほどにして、男二人で三時の間食と洒落込しゃれこむ。

 大阪といったらお好み焼きであろう。

 広島のときにもいただいたが、これほど地域によって差がある料理も珍しく、もはや別のモノである。大阪のそれは生地と具材を混ぜ込んで焼き上げるので、広島のそれよりも生地を食っている感がある。こちらもまた美味いのだ。


 二人でジュウジュウと鉄板の前で焼き上げていると、お義兄さんが改まったように尋ねてくる。


「あー、実は聞きたいことがあってね。佐藤くんが長崎をつ際に言った言葉なんだけど──」


 詳細を教えてほしいとわれる。

 はて、何かしら気になる発言をしてしまっただろうかと思案していると、説明を受ける。どうやら俺の失言についてらしい。「現在は傷心旅行中である」という、あれだ。それを田中ちゃんが大層たいそう気にしているという。

 そりゃ去り際にあんな変なことを言われちゃあ、気になって仕方ないことだろう。反省する。


「ああ、それは悪いことを。やっぱり迂闊うかつに変なことを口走るもんじゃないなぁ」

「僕も可愛い義妹いもうとの頼みは断れないからね。事細ことこまかに聞き出してこいと言われてるんだけど。教えてくれる話かな、これ?」

「あーそうですね」


 確かにペラペラと口外するような話ではないが中途半端に誤解されるよりはしっかりと事情を理解してくれた方が問題は少ないだろう。田中家みんなの人柄についてはうれうこともないし、ここは正直に説明することにする。

 俺は旅たつ経緯とその理由までを、全て話した。


「佐藤くんって……仏門の生まれとか、そういうご家庭?」

「普通の会社員の息子ですよ」

「いや、話の出だしからして。これは昼ドラみたいな嫉妬しっとや復讐劇みたいな話なのかなって身構えちゃってさ。すごいね、そこまで達観たっかんできないよ普通」

「いやいや、実際にそんな場面に出会でくわしても、そんなフィクションみたいな展開にはなりませんよ」

「いやーそうでもないよ。男の嫉妬ってのは、いざそうなると本当にみにくくて厄介なもんさ。なまじ力も強いもんだから、大ごとになる可能性だってある。君もまあ、大学生になったのなら周囲で何かしらが起こることだってあるかもよ。そんなときはいさめてあげなよ、『青年よ紳士たれ』ってさ」

「そんなものですか。肝に銘じておきます」


 そんな会話をして店を出る。

 別れの前に田中家皆さんの近況を聞いた。

 みんな元気にしているようだった、まあ二日しか経っていないのだから、何か起きている方が稀だろう。


「ああでも義妹いもうとは、君に出会ってから少し変わったよ。今では『私も東京の大学に行くんだ』と頑張ってる」

「え、そうなんですか?」

「うん。どうやら君と同じ大学を志望したいみたいだからね、まだ先のことだし、家族全員が納得したわけでもないけど」

「そっか、田中ちゃんがな──」


 彼女がうまいこと大学に入学できたとしたら、そのときの俺は大学四年生であり、おそらく在学している身である。時間がたっぷりあるわけではないが、きっと色々と実のある交流をすることができるだろう。

 問題なのは、そのときまでキチンと俺が地に足をつけているかだが、さすがに大学在学中には長期間の放浪ほうろうに出ることは考えていない。卒業したら怪しくはあるが。


「それは楽しみです」

「在学生として色々と意見を聞くこともあるかと思うんだけど、その際はよろしく頼むよ」

「ええ、喜んで」


 そのようにして、お義兄さんと別れる。

 彼はこれからレンタカーに乗って長崎まで帰る。俺とは違い、ずっと高速道路を行くということだったから、運転には気をつけて欲しい。


「さて」


 ふと、孤独になったことを実感した。

 周りには誰もいない。正確には大都会の喧騒けんそう只中ただなかではあるが、俺を気にめる者などは誰一人として存在しない。

 俺は一人ぼっちでを進める。

 一人になることを不安に思うものは多いことだろうが、俺としてはスタンダードなことでもある。


 何処にいても。

 誰といても。

 心の奥底で孤独を望んでいる。

 いつもいつでも、一人。

 それが俺という旅人である。


 そんなおセンチで陶酔とうすい的な感傷かんしょうひたることも束の間、いい加減に我慢がきかなくなってつぶやく。


「さすがに──眠い」


 思えば広島からこっち、不休不眠でアレコレ動きまわってきた。そろそろ限界なのだ。これはもう京都に着くなりに宿やどとこに潜り込んで惰眠だみんむさぼるしかないと決め込む。

 古都こと、京都での時間の使い方としては最も無意義であろう。

 そう考えると楽しくなってきた。


 いざ、京都へ。

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