第46話 馬鹿三人で歌った日

「そんな思いをもって、僕はここまで来ました」

「そんなことが……」


 運転席にて車を走らせつつ、黙り込む。

 助手席に座る渡辺くんの話に、なんと言葉を返していいのか、俺にはわからなかった。


 すでに零時れいじも通り越した、夜更よふけの頃。

 伊藤くんと合流した俺たちは、冴えてしまった頭を持て余してしまい。睡眠も取らずに旅路の先を進んでいた。

 

 周りには誰もいない国道を、東へ。


 まれに貨物を大量積載した大型トラックに囲まれて圧迫感のある怖い思いをすることもあるが、現在は落ち着いた行路を往く。

 しんと静まり帰ってしまった国道を一台で走っていると、世界には自分達だけが取り残されてしまったのではないかと、そんな想像してしまうほどに寂しくなる。

 窓の外を見ると、ただ月明かりのみが煌々こうこうと輝いていた。

 まるでそれのみが世界を照らす、唯一のしるべのように。

 そんな寂寥感せきりょうかんもまた、渡辺くんの話を際立たせる。彼の話を、まるで物語の主人公のように孤高に浮きあがらせるのだ。


 そんなことを考えそうになって、自らを叱責しっせきする。

 もちろん彼は物語の主人公なんかではない、俺たちと同じただ一人の人間だ。相手を特別な人間だと、崇拝すうはいする行為はある種の隔離かくりだとも言える。旅の友人として、彼をそのように孤立させることはしたくなかった。


 なんとか言葉を紡ぐ。


「スクラッチの当たりくじを譲ってくれと言ったのも──?」

「それを使って、彼女を探すつもりです。彼女が失踪しているのが本当であれば、きっと必要になります──いえ、分かってるんです。彼女は僕に黙って不義理を働くような人ではなかった。なにか事件に巻き込まれてるんだろうって考える方が自然です」


 人が一人、失踪したとは穏やかな話ではない。

 それよりも男女のいさかいの中での狂言きょうげんだったとする方がよっぽど自然であるが、彼ははっきりと言い切った。


「渡辺くんは、彼女を救いたいのかい?」

「わかりません。もしそうなら、もっと早くに彼女を探しに出たはずです。こうしてヒッチハイクなんて時間のかかる旅をしたりせずに──僕は逃げてたんです。伊藤に誘われて、現実に向き合うと決めても、それでもダラダラと」


 きっと東京におもむこうとも、すべきことなんて何もなかった。そんな風になかば諦めていたが、まとまった大金を目の当たりにして、光明がさした。そうなると急に不安とあせりが出てきたのだという。


「彼女に会いたい。そして、それと同じくらいに会いたくないんです。このままずっと、彼女の方から裏切ったのだと、そうして恨み言を言っている方がいいんだと」


 彼は「最低な男です」と自らを責める。


「誰しもそんなもんさ、そう卑下ひげにするでもない」

「はい」


 短い返答の後に、沈黙が車内を包む。

 誰もが二の句をつむぐことができず、ただ、自動車の駆動音だけが鳴る時間が過ぎる。


 そんな中、俺は考える。

 渡辺くんの話の真偽をだ。

 少々、一般人にとっては特殊にぎる話である。

 渡辺くんが嘘をついているとは思わないが、彼自身が騙されている可能性だってある。彼は否定したが、相手方の狂言である可能性を俺は捨てきれないでいる。


 しかし、日々を真っ当に生きていれば一切のトラブルに巻き込まれない──そんなことはない、ということも知っている。

 生きてさえいれば、本当にいろんなことが起きる。

 今回の件だとてそうだ。根拠もない推論すいろんであれば──衝突トラブル、金銭の要求、恐喝、恫喝、借金、業者への斡旋あっせん、身売り。渡辺くんのためにも、そんな推測は決して口にはしないが、いっそ陳腐ちんぷだと言えるほどに簡単に、経緯は想像できた。

 相手が大学生なったばかりだというなら、尚更だ。社会にれてもいない若者は、隠居して安心しきったご老人と同じくらいに丸め込みやすい。

 ときには世間から身を隠す事態におちいることだってあるだろう。そうなるとあらゆる事態を想定して、ことを進めなければならない。


 俺は誰のために動くべきか?

 無論、目の前の旅の道連れのために動く。

 では彼のためになることとは一体なんだろう?

 いっそ旅を中断し、このまま自動車を走らせて東京までついて行こうかとも考えた。だが、やめておく。トラブルを解決するには専門家の手にゆだねるのが、後腐れがない。素人の俺では物事を無駄に混ぜっ返してしまうだろう。

 精々、その専門家の伝手つてを彼に紹介するぐらいだ。それ以外にできることなんてない。


 渡辺くんの方を見やる。

 表情からは察することはできないが、ツラいだろう。そんなこと誰が見たって誰が聞いたって、わかりきっている。

 彼に必要なのは、なぐさめだ。

 しかし生憎あいにく、ここにいるのは野郎ばかりなのだ。

 男という生き物は残念なことに、人を慰めることもマトモに出来やしない。対象が同性であれば尚更だ。ここで彼に「ツラかったね、泣いていいんだよ?」なんて言ってみろ、それは最早もはやハラスメントのいきである。


 だから俺にできるのは、ほかに頼ることだけ。

 人を癒すことができるものは色々ある。

 旅と女と酒と趣味、そして音楽。

 どうすることもいかなくなった俺は、せめてもの慰めにとカーオディオへと手を伸ばした。


 特徴的なベース音が鳴り響く。

 いつか三人で聞いた往年の名曲が、そのまま流れ出した。

 渡辺くんが怪訝な顔をしてこちらを見る。

 まさか何も言わずに音楽に集中しろとも言えずに、さてどうしたものかと考える。状況はまさに混迷していた。


 こうなればもう、「元気があればなんでもできるっ」と言い放って渡辺くんのほほかつでも入れてやろうかと。そんな馬鹿な考えが頭をよぎったとき、オーディオから流れる音楽に合わせて後方から奇声が上がった。


「──ウェンザナイッ!」


 それまで黙して語らなかった伊藤くんだった。

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