第45話 独白③(道中の青年視点)

 ヒッチハイクとは、そう簡単なものではないようだ。手始めに、地元から拠点駅である博多駅に向かおうとしたが、それすらもスンナリといかない状況だった。

 駅に向かう車なんていくらでもあるはずなのに、また一台、僕たちを無視して通り過ぎていく。それを見送りながらに思った。

 

 世の中、所詮しょせんそんなものなのだろう。


 なにも僕たちを無視して通り過ぎていくドライバーたちを否定したいわけではない。なんの見返りもなく、それどころかリスクすらある者を車に便乗させるなんて、まともに危機管理ができる人間であれば決して選択肢にしない。いっそ彼らは正しいと、称賛しょうさんしたいぐらいだった。

 

 捨てる神あれば拾う神あり。

 とは言ったものの、世には圧倒的に捨てる神様の方が多い。


 少し考えてみれば当然の話で、他人に優しくしようなんて思ってはいけない。

 大量消費社会が根付いた現代において、理由なく他人にほどこしをしようとすると消費されてしまう。まるで願いを言えば叶えてくれる便利道具のように扱われて、骨の髄までしゃぶられる。故障したなら新しいモノをと、捨てられる。

 優しさというのはすきだ。

 他人によって消費されないためには、決して拾う神様になってはいけない。そんな奴は、現代では『馬鹿者』と呼称される。

 そしてそんな『馬鹿者』を探して利用しようとするのが、僕たちだった。神様を利用しようだなんて、いったい何様になったつもりなんだろう。

 

 そんな身も蓋もないことを思考する。

 すると車が一台、僕たちの前に停車する。


「大阪まで行くけど、どうする?」


 車のウインドウを開けて一人の男性がそう尋ねてきた。

 不思議な色の『眼』をした男性だった。

 その気配から感じられるのは、紛れもない「優しさ」である。しかし、頼りげのないナヨナヨとしたモノではない。なにがあろうとも他人に屈することはないだろう。ほかに利用されるだけでは終わらない「強さ」を感じられた。


 その男性の名は佐藤さんといった。

 そして、彼の車に便乗することになり、僕たちはともに大阪を目指すとになる。


 道中で彼とは様々な会話を交わした。

 彼は経験が豊富な男性だった。どんな話題を振ろうとも即座に対応して見せる。そして僕たちが知らないことを多く修めていた。僕たちとは一年ほどしか年齢が変わらないのに。

 彼にそんなことを伝えると「旅ばっかしてたから」と気軽に答える。嫌味のない気さくな人物で、とても好感がもてた。


 彼との会話の中で、とても興味深い話があった。

 佐藤さんとその彼女さんの顛末てんまつである。


 信じられなかった。

 彼は、不貞を働いた彼女に対して愛の告白をしたのだと言う。当初は作り話だとばかり考えた。しかし、これまでの彼の行動や人柄を考えれば、それも順当な結果だと思えるから不思議だ。

 

 僕は彼の話と、自分の経験とを、様々に置き換えながら想像した。

 もしこの先で彼女と再会できたとして、僕は佐藤さんと同じような言葉を口にすることができるだろうか。僕の知らないところで、僕以外の男と蜜月を過ごしていた彼女に対して「変わらずに愛している」と告げることができるだろうか。

 多分無理だ。

 僕たちの関係性は、もうどうしたって以前のようにならないのは間違いない。それでも、彼の話は僕の気を大きくくのだ。

 だから尋ねてみる。


「佐藤さんは、どうして彼女さんにそんな言葉をかけることができたんですか?」


 すると彼は、しばし悩むような素振そぶりを見せて答える。


「彼女のことを愛して愛して、愛しぬこうと決めたら──そうなった」


 そこで気づいた。

 僕はこんな男になりたかったんだな、と。


 僕も彼女を許したい、という話ではない。

 ただ日々を真面目に真っ当に生きてきて、他人から消費されただけで不貞腐ふてくされてしまった僕。彼はそんな僕とは違い、誰かに裏切られようとも、誰かにぞんざいに扱われようとも、それでも自らの矜持きょうじしたがってみせた。 

 愛すると決めた女は生涯しょうがいに愛すると。

 自らの男としての矜持を貫く彼の立ち姿は、強い憧れを抱かせる。どうしようもない僕にとっては尚更なおさらだった。


 そんなことを考えると、急に様々な想いが僕の頭を駆け巡っていく。


 彼女は本当に僕を裏切ったのか?

 あの電話口に出た男は何者だ?

 彼女は本当に失踪しっそうしたのか?

 なにか事件に巻き込まれているのではないか?

 だったら、僕と「別れてほしい」といった、あの文面はなんなのか?

 

 わからないことだらけだ。

 そして最後に、一つの疑問が僕を悩ませる。


 だとしたら、僕はなにをすればいいのか?


 ──わからない。わからないんだ。

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