第43話 独白①(道中の青年視点)

※ 思ったよりも描写が生々しくなってしまったので、事前注意をしておきます。『寝取られ』を類推るいすいすることができる描写がありますので、苦手な方はご注意ください。


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 東京の大学へと進学し、遠距離恋愛になってしまった彼女から『好きな人ができたので別れてください』と短い文面が届いた。

 それ以降は連絡が取れなくなる。


 とてもじゃないが、認められるわけなんてなかった。


 何度も何度も連絡を試みるも、結局は一度たりとも接触できることはない。それなので、彼女の友人へと連絡をとった、幸いにも彼女と同じ進学先である学友とは面識がある。

 しかし、彼女は友人たちとも音信不通の状態にあるのだという。

 大学の講義には顔を見せず、ついには居住している賃貸ちんたいにまで押しかけたが、もぬけの殻だったそうだ。逆に友人たちの方から「これって警察にいった方がいいのかな?」と涙まじりに相談されてしまう始末だ。


 ここにきて僕は、ことが想像以上に大きいことに気づく。

 とにもかくにもと、警察へと相談して「捜索願」というものを書いたが、今の今においても芳しい反応はないままだ。

 

 彼らから直接言われたわけではないが、どうやら事件性の薄い、非優先的な案件だと捉えられているようだった。これまで街の治安に文字通り命をかけて取り組んでくれている警察官の方達を尊敬していたが、このとき初めて不信感を覚えた。いざ自分ごとになると途端に悪態をつき始めた身勝手さに気づいて、ほとほと嫌になる。


 これ以上は、僕の手に負えない。

 できることといえば、探偵や興信所に依頼することぐらいであろうが、大学生の身において、そんな膨大な依頼料を払えるわけなんてなかった。

 何もできることなんてない。

 ただじっと警察からの返答を待っているだけの時間が続くと、段々と自らの心に鬱屈うっくつとした暗雲が漂い始める。


 もしかして彼女は、失踪したわけでもなんでもないのではないか?

 ただ、僕に愛想をつかしてしまって、別れのやり取りをするのもわずらわしいからと、友人たちとも口裏を合わせて、僕との関係を断とうとしているのではないか?

 そんな疑念が頭を離れなくなる。

 そんなわけはない。

 彼女はそんな人間ではなかった。

 必死で反論を組み立てるも、『恋をすれば女は変わるよ』『上京して僕には理解できない色に染まったんだ』とそんな言葉が思い浮かんでくる。


 なんと最低な男なんだろう。


 そんな風に憔悴しつつも、彼女へと連絡を試みることだけはやめなかった。幸いにも電話のコールはかかるのだ。ただ彼女がその通話に応答してくれないだけ。

 絶えず応答を待ち続けていると、ついに通じる日がきた。


「うるっせんだよっ!」


 しかし、電話先から聞こえてきたのは粗暴な男の声だった。

 僕は混乱して言葉を失ってしまう。

 ただ彼女はどこにいるのだと、その男に尋ねるだけが精一杯だった。

 男は下卑た笑い声ともに答えた。


「ああ、俺のにいるよ」


 意味がわからなかった。

 耳を澄ませてみる、何やらクグもった音が聞こえる。

 それはもしかしたら女性の嬌声きょうせいのように聞こえた。


 男は「ほら彼氏からだよ、何か言ってやれ」と誰かに声をかけている。先ほどよりも声が遠いので、きっと電話を誰かに向けて突きつけているのだろう。そのおかげか、一つの言葉が僕の耳へと届いた。


「イヤだ」


 その声は、今は懐かしい彼女の声に聞こえてしまった。


「だとさ。ああ今忙しいから、もうかけてくんなよ」


 最後に男のそんな言葉を聞いて、通話は終了する。

 僕は頭を真っ白にさせてしまう。

 何も考えられない、いや考えたくないのだ。


 しばらくの間呆然としてから、再度通話を試みてみる。

 それ以後は『おかけになった電話は電源が入っていないか、現在使われておりません──』と機械音声が返答してくるようになった。

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