第42話 土下座、再び

 その後、駅舎まで女性二人を無事に送り届ける。

 たった一夜の遊び相手であろうと別離というものはわびしいもので、後ろ髪を引かれながらもサヨナラをする。


「サトさんも、また広島にきてくださいねっ!」

「また美味しいお好み焼きが食べたくなったらおいでよ、今度は彼女さんも連れてね。こっちもそっちに行くことがあったら連絡するよ」


 二人ともそんな嬉しいことを言ってくれる。

 最後に互いのSNSの連絡先を交換した。ちょっとだけ、ナンパして知り合った女性とのそれはどうなんだと疑問に思ったりもしたが、ここまで交流があって断る方が不自然だった。あくまでも旅先で出会った友人として、連絡先を交換させてもらう。

 見ると渡辺くんの方にも同様にしていた。

 ついには車を発進させる。

 彼女たちは、その姿が小さくなるまで手を振ってくれていた。

 そのまましばらく、渡辺くんと二人で広島の街を走り抜ける。口数は少ない。どうやら、どちらもセンチメンタルにひたってしまったようだ。


「いい娘たちだったなぁ」

「ええ、それに佐藤さんが先輩さんの方にデレデレで面白かったです。そんなに好みのタイプだったんですか?」

「いや、性癖を捻じ曲げられてしまってだね」

「そんなにですか」

「ああ、彼女は天使さまだ」

「あ、それ真面目に言ってたんだ」


 ポツポツとだが、そんな会話をしながらに道を行く。

 夜の繁華街の街並みというのは、賑やかなようでいてどこか頼りない。ぼんやりと光る電飾の灯りと、独特の空気の中で俺たちはとりとめのない話をくりかえした。


 伊藤くんは現在、編み込みの娘を送り届けている最中であるという。なのでいつ連絡が来ても動けるようにと、二人で適当なファーストフード店に入り、ちょっとした飲み物とツマミモノを買う。

 店内ではなく駐車場にて、レンタカーにもたれながら飲み物を傾ける。店側としては敷地内でダベられると迷惑でしかないだろうが、短時間であろうし、座り込んで宴会を始めたわけでもないので許容してくれるだろう。

 なんとなく外の空気を吸いながら物思いにふけりたい気分だった。


 渡辺くんの過去については、特に触れはしなかった。


 彼はあれから詳細を語ることはなかったし、女の子たちもそんな彼に気を遣って事情を聞き出すことはしなかった。俺としても、未だに気持ちの整理がついていないという彼の心情をおもんばかると、簡単にかき乱すことは躊躇ためらわれた。


 そうなるとふと思い出す。

 今日のガールハントの最中に一つ、成果というか、購入したものがあった。

 宝くじのスクラッチカードだ。

 本来であれば、声をかけた女性と見せ合いっこをするために購入したものだが未遂に終わった。それをここらで開示してみてもいいかもしれない。

 そう思いたつと、カードと十円玉を取り出して、特段に気負いもせずに削り出す。削って削ってスクラッチと、いつかテレビで聞いたフレーズを口ずさみながらに全てを明らかにした。


「マジか」


 思わず、声にもれた。

 当たっている。

 それも一等だった。


「渡辺くん渡辺くん」


 とにかく驚いたことと、とんでもない幸運に興奮して、何も考えずに連れ合いの青年に声をかける。


「百万あたった」

「え」


 どうするどうする、と、これからの展望に思いを馳せる。

 貯蓄? いやいや。年末のジャンボなやつとかならまだしも、比較すれば小金こがねだ。こんな風に偶然に手にした大金はパーッと使い切ってしまうのが良いと相場は決まっている。

 これからの旅行の計画を大幅に変更するのはもちろんだし、それとも、目の前の旅の道連れと一緒になって使い切ってしまうのもアリだ。

 二人とは明日まで行動を共にする予定ではあるし、一日で大金を使い切るチャレンジをしてみるのも面白い。


 そんな風に舞い上がっていたものだから、気がつかなかった。

 

「佐藤さん」


 やけに神妙に声をかけられて渡辺くんの方を見る。そこには一人の青年が仰々しく、地面に頭をこびりつけている姿があった。

 土下座である。

 まさか長崎に続いて広島の地においても、この異様を目にするとは思わなかった。


「ちょ、ちょっと、どうしたの急に」

「厚かましいお願いだとは自覚してます。いつか絶対に同じ金額をお返しします。だから……ですので、その当たりクジを譲ってはいただけないでしょうか?」

「それはまた──いったいどうして?」


 突飛なお願いである。

 それにいまだ学生とはいえ一端いっぱしの男が土下座までしたのだ、そこにのっぴきならない理由があるのは間違いなく、理由を尋ねる。


「それを使って、僕は元の彼女に──」


 渡辺くんが理由を語ろうとしたそのときに、携帯電話の着信が鳴る。あまりにも絶妙な間隙かんげきをついたその音はどうにも無視できず、そちらに目をやる。

 伊藤くんからだった。


 一度、気持ちを落ち着かせるためにも、三人そろってから話をするのがいいだろう。

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