第41話 寝取られた男

「伊藤が消えたぞ!」

「あの野郎、抜け駆けしやがった!」

「探せっ、絶対に阻止しろっ」

「携帯に連絡が来てます。しばらくしたら戻るそうですっ」

「けしからんっ!」


 男女六人で夜の街を散策していたら、いつの間にかに四人になっていた。

 ホラーな話ではない。

 しかしおののくという意味では、あながち間違いでもない。あいつやりやがったと戦慄せんりつしている俺がいる。


 とまあ、渡辺くんと二人で即興の寸劇を披露ひろうしたところで、いったん落ち着く。渡辺くんも慣れないフリにのってくれて気苦労したことだろうが、残った女子二人もクスクスと楽しそうに笑んでくれたので元は取れただろう。

 状況を整理する。

 お好み焼き屋を出て、ピアテンと合流した俺たちは、広島の夜の街を遊び歩いた。とはいえ全員が学生であることから、突飛な遊びには手を出してはいない。あくまで大学生の身分での範疇はんちゅう内である。

 しばらく六人でアレコレと遊んでいると互いの気質というのも知れてくる。そうしてほどほど仲が深まっただろうといったところで、更に親睦を深めようと離脱したものが現れたのだ。


 伊藤くんと編み込みの女の子である。


 編み込みの娘といえば、口数こそ少ないがしたたかな印象をもつ。どちらかと言えば渡辺くんと似た気質かなと思い込んでいたが、案外、伊藤くんみたいなタイプの方が釣り合いはいいのかもしれない。

 そうか伊藤くんはああいうカチッとした娘がタイプか。それとも新しい恋を始めるに至って、今までに経験のない方面に走ったのか。彼が帰ってきたら詳しく聞いてみよう。下世話な男子トークはそれまでおあずけだ。


「さて、それじゃあ俺たちの方は帰りますかね」

「そうしよっか。そろそろ遅いしね」

「えー先輩、まだ遊びましょうよ。サトさんもナベさんも、まだまだいけるでしょ?」

「うーん、僕はまだいいんですが、佐藤さんは明日も運転してくれるので。無理強いはできないです」

「うぅ、そう言われると……」


 ボブヘアの娘だけが精気みなぎっているようで、ほかはほどほどに疲労していた。もし渡辺くんがボブヘアの娘へと積極的に交流をはかっていたのであれば、まだまだ遊び歩く気概ではあったが、その気配もとくに感じられなかったのでお開きを申し出た次第である。


「でも二人とも、いつでも会える人じゃないじゃないですかぁ」

「俺たちも旅人だからね、そんなもんだよ。けど意外と、あっさり別れた相手の方がしばらくぶりでも会おうと思えるもんだよ。ケジメがつくまで付き合いがあると再会しにくい」

「そうなんです?」

「そうそう。そして二回も会った人間なら三回目がある。俺たちも今日は本当に楽しかったからさ。また遊ぼうという意味も兼ねて、すんなり帰りましょう」

「うぅ、わかりました」

「おうおう、さすがナンパ師さんは口が達者だねぇ」

「そんなツレない発言をする君はとっても素敵さ、まるで地上に舞い降りた天使様のようだ」

「うわ、やめい。本気でサブイボが出た」

「佐藤さんの場合、冗談が冗談っぽく聞こえないから洒落にならないですよ?」

 

 そりゃそうだ、本気で言ってるもの。

 渡辺くんの指摘にそんなことを思いつつ。パーキングにある車の方へと向かう。こんな時間まで付き合わせてしまったのだからと、最後に女性二人を適当なところまで送り届けるつもりである。


「あっ渡辺くん、伊藤くんに連絡しておいて。こっちはお開きにするから、そっちも責任をもって相手の都合のいいところまで送り届けるように。その後、連絡くれたら車で迎えに行くって」

「なんだか、すいません。よくよく考えたら、佐藤さんに甘えてばっかですね、僕たち」

「いや? ものすごい楽しんでいるから問題はないよ。その代わり、二人だけで何をしていたのか詳細に聞き出してやるつもりだし」

「あっ、それ私も聞きたいですっ」

「まあ私たちは私たちで、あの娘に尋問することにしよう」


 そんな風に会話しつつも、道中をゆく。

 車を走らせて向かうのは、彼女らの住まいに近いという駅舎だ。途中で「アイスが食べたい」という提案があったらコンビニに寄ったりと、ノロノロダラダラとしたドライブを楽しむ。

 消えた二人がどこまでの仲に発展したのか、あーでもないこーでもないと盛り上がって会話していたが、途中でピアテンが思いついたように渡辺くんへと質問する。

 それは渡辺くんがイケメンくんになんと言われて反発してしまったのか、という疑問だった。お好み焼き屋で話を聞いたときから疑問に思っていたらしい。俺も当然に気になるところである。


 渡辺くんは苦笑して「楽しい話じゃないですよ?」と断ってから答えてくれる。


「僕も興奮していたので、事細ことこまかに一言一句、なんと言われたのかは今じゃ定かではないんですが。向こうは、僕たちが不逞ふていやからだと信じて疑わなかったみたいです。無理やりに女の子に迫ったところで彼女らの恋心までは奪えはしないと、そんなすじの話をしていました」

「それで?」

「はい。とにかく女性を性的に襲うことを前提に話をされて、その時点でちょっと頭にはきてはいたんですが、彼がそこで一つ言い放ってきたんです──『ああ、でも君の方は大丈夫そうだ。女性を満足させられそうな気がしない、君は愛想を尽かされる方だ』って。それを聞いたらついカッとなってしまって」


 それを聞いた面々がそれぞれに反応する。


「うわぁ、それはないわ」

「彼、そんなこと言ったの? 見る目が変わっちゃうなぁ」

「本当にごめんなさい。私からも強く言い聞かせます。それにナベさんはいい人ですもん、私は今日一日だけで魅力的な人だってわかりました」

「そうそう、どっかの誰かさんより全然いい男だったよ」

「そらなぁ、そんなこと言ったのなら引き合いにもされるか」

「え、誰と勘違いしてる?」

「え?」


 それを受けて渡辺くんが微かに笑う。

 しかし直後に何かを思い出したのか、顔をしかめる。


「まあでも、彼の話も間違いではないので」

「えっと、それはどういう?」


 ボブヘアの娘の疑問に、渡辺くんが答える。


「彼のいうことが図星だったから、余計に頭にきてしまったんです。そんな経緯もあって、怖い思いをさせてしまいました。まあ言い訳にもならないけど」

「そんな──それで図星って」

「えっと。佐藤さんには以前、僕が彼女にフラれた話はしましたよね?」

「ああ、聞いたよ」

「原因がまさに彼の言った通りなんです」


 渡辺くんは、一呼吸挟んでその言葉を言う。

 その顔は苦虫を噛み潰したかのように苦渋に満ち満ちていた。


「僕は彼女を『寝取られた』男です」

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