第40話 うどんとかあるんだ、知らんかった

「そばとうどん、どっちにする?」

「え、なんだって?」


 お好み焼きを注文するとなぜか麺類めんるいの選択を迫られて聞き返す。どうやら、お好み焼きに含まれる麺の種類を選ぶことができるようだった。


「うどんとかあるんだ、知らんかった」

「そうなの? 美味しいよ」


 お好み焼きという料理はおよそ一般的に二種類のものがある。

 広島風か関西風。

 ここ広島県でいう『お好み焼き』とは、薄く伸ばした生地の上に具材を重ねて麺をのせ、焼き上げたものを指す。その麺というのは焼きそば麺のみが使われていると思っていたのだが、そうでもなかったらしい。

 せっかくなのでうどんを注文させてもらう。

 食に関して、目新しいものがあるとすぐ挑戦してみる性質なのだ。


 調理してくれるのはピアスの天使こと、ピアテンである。もちろん俺の心中だけの愛称ではあるが、なんだが変な愛着を持ってしまったので、そのままでいこうと思う。

 カウンターに座る俺の前には大きな一枚鉄板があり、彼女はその向こう側でいくつものお好み焼きを同時に調理していく。彼女の手際は見事であり、ヘラを駆使して具材を焼き上げていく様は熟練の技を感じさせられた。


「ここのバイトは長いの?」

「うーん、大学生になって始めてそのままだから、かれこれ一年とちょっとかいな」

 

 ということは彼女は大学二年生ということになるだろうか、聞いてみるとその通りで、俺たちは同い年であることが判明した。


「けどお兄さん、いいの?」

「なにが」

「私とばっかり喋ってて、あっちにアピールとか。一応二人ともフリーだったよ確か」

「ああ」


 ピアテンの視線を追って確認すると、そこには楽しげにおしゃべりをしている男女の姿があった。旅の道連れの二人と、この店を案内してくれた女子二人だ。

 全員がカウンターに横並びになっており、俺から女性二人は遠く離れているので、立ち位置的に会話がしづらい。そもそも、俺には積極的に話しかけるつもりはなかった。


「元々、俺は付き添いだよ」

「そうなんだ」

「それに彼女がいるから、これ以上に踏み込むと色々まずい」

「え、ちょっと。そしたら彼女いるのに私に声かけてきたんか、おどれは」

「あ、いけね」

「白々しい。あーあ、そしたらあんなに喜ぶんじゃなかったよ」

「いやいや、可愛いと思ったのは本当だよ。天使様かと思った」

「今更そんな口説き文句を言われようとも、心のどこにも響きはせん」


 えー、本心なのに。

 ピアテンにすげなくされたのをショックに思いながら、他の面々の様子を見る。どうやらボブヘアの女の子が、例のイケメンくんについて語っている最中だ。その内容はおおよそ愚痴ぐちであった。


「せんぱ〜い。聞いてくださいよ、あいつったらまた私たちに偶然をよそおって追っかけてきたんですよ。ストーカーじゃないですかこれ?」

「ああー、彼もね。顔はいいんだけど、どこかポンコツというか」


 ボブヘアの娘に話しかけられたピアテンが応える。

 どうやらボブヘアの娘はイケメンくんから言い寄られている最中らしい。なるほどと納得した。意中の相手が見知らぬナンパ野郎に声かけられていたのであれば、それはあせるに違いない。俺も高橋がナンパされている現場に出くわしたのなら横から介入する。

 しかし、彼女のそんな口調も満更まんざらではないように聞こえるのは少々疑いすぎだろうか。少なくとも心底に嫌がっているようには見えない。なんとなくだがラブコメのにおいがする。


「果てにはなにを勘違いしたのか、見知らぬ人に喧嘩を売りだすし──本当にお兄さんたちがいい人じゃなければ、今頃どうなってたか」

「いやー、そういう事情なら俺たちこそ悪いことしたっすわ」

「そうそう、こちらこそ怖い思いをさせたわけですし」

「ね、先輩。いい人達じゃないですか?」

「そうだねー、どっか誰かさんは、節操なく女の子に媚びへつらっては良からぬ邪念を抱いていたみたいだけどねー」

「けしからん奴もいたもんだな」


 ジト目を向けられるが、素知らぬ顔で応えておく。

 しかしボブヘアの娘はどうにも俺たちのことをいい人だと思い込んでいるようだ。気持ちは嬉しいし、悪い人であるつもりもないのだが、彼女のその純真さが心配になってくる。こわい人だと思ったら実は普通の人だった。実際はただそれだけであり、俺たちは特段に良い行いはしていない。それだけで『いい人』判断は尚早しょうそうというものだ。イケメンくんはもっと頑張って彼女を口説き落とした方がいいように思われる。


「でも本当に、ごめんなさい。とくにえっと──ナベさんには」

「私からも、彼に代わって謝る。あれはさすがにない」

「いや大丈夫ですよ、もう気にしてませんから」


 ボブヘアの娘と編み込みの娘がともに改まって、渡辺くんに謝罪をする。どうやら伊藤くんが「ナベ」と呼んでいたのを聞いて、そのまま呼称したようだ。となると俺は「サトさん」だろう。

 そういえば。

 イケメンくんの言葉に渡辺くんが怒り、言い返してしまったのが騒動の発端だったと聞いていた。だが、いったいなんという言葉をかけられたのだろうか。尋ねようかと思ったところで、注文したお好み焼きが差し出されて、時機じきを逃してしまう。


「はい、お兄さんにはうどんだったね」

「いただきます」


 待望のお好み焼きに手をつける。

 うどん麺でのそれは、見知ったものとは違う食感ではあったが、美味しさを損なうものではなかった。いやむしろ、食いごたえがあって腹も太るし、俺としては好みかもしれない。

 美味い。

 熱々のお好み焼きをハフハフ言いながら食べる。

 一同が無心で味を堪能する時間がしばらく過ぎた後に、編み込みの娘がピアテンへと声をかけた。


「先輩は今日バイト、早くあがれるんでしたよね」

「そうだよ。ヘルプで忙しい時間帯だけ呼び出されたんだけど、もうお客の波も去ってるし、もうすぐ終わり」

「じゃあ今から一緒に遊びません? もちろんお兄さんたちも一緒に」

「おっいいんすか?」

「お兄さんたち、存外に面白いし。せっかくだから広島の奥深さというのを教えてやろう」

「ふうー、テンションあがるー」

「オッケ。そしたら着替えたら連絡して合流する」


 そのようにして、俺たちの次の行動が決まった。

 男三人でわびしくもあはれに過ぎ去っていく広島の夜かと思っていたが、ここにきて随分と賑やかな様相をていしてきた。

 それ自体は僥倖ぎょうこうであり、歓迎すべきことではあるのだが、場が盛り上がれば盛り上がるとほどに、俺には一つの思いが去来きょらいする。


 なんか一人だけハブられているイケメンくんが可哀想では?


 今からでも連絡をとって一緒に遊ぶことを提案しようかどうか、真面目に悩んでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る