第38話 まるでチンピラだよ

 イケメン相手にのらりくらりとやっていると、相手が唐突にスマートフォンを手に取って、こちらをパシャリとやる。


「あんたの顔、写真に撮ったからな」

「それをどうするつもりで?」

「俺に何かあったら、これを公開してやる」

「なるほど」


 なんとも不躾ぶしつけなと思ったが、それだけ追い詰められて焦っているということの証左しょうさでもある。思わず不快に歪んでしまいそうな顔をしっかりと押さえつけ、なんでもないことだとハッタリをかます。


「構いませんよ。ただ私どもとしても、許可なく写真を撮影され、威嚇いかく行為を受けたとは主張させてもらいますが」

「な、なんの話をしているんだ」

「ですから、あなたに何かあったらの話です。そうなると証言台に立つのは避けられないでしょうからね。私たちに有利になる言動をしてくれるのなら助かります」


 絶句するイケメンに「ああ、写真は消さないようにお願いしますね。証拠品になるでしょうから」と、彼に何かが起こること前提で話をしてやる。すると彼はサッと顔色を悪くさせてしまう。よっぽど俺の態度が予想外であったらしい。


 正直なところ、俺の言動や態度はそのすじに詳しい人から見たら、噴飯ふんぱんものの稚拙ちせつな対応なのだろうとは予想している。

 そんな口から出まかせを述べただけで上手くいくのであれば、誰だって苦労はしないだろう。

 しかし、俺がわきまえていないのはもちろんだが、相手のイケメンもまったく詳しくないのだ。だったら、いくらトンチンカンなことを言い放とうが、言ったもん勝ちである。

 両者ともに、その筋の定石じょうせきを理解していないのであれば、結局は堂々としている方に説得力がついてくる。それこそがハッタリの真髄しんずいというものだ。


 その後も、アレコレと論争のイニシアチブを奪回しようとイケメンが立ち回るも、そのことごとくを俺が潰していく。ときには堂々と嘘八百を並べたて、ときには相手の発言を肯定すらしてみせた。

 すると最終的には、すっかりと青白くなってしまったイケメンがそこにいた。当初は気丈にも「ハッタリだ」と豪語していたその口も、すっかりと閉口してしまっている。かすかにその両足も震えていた。

 もしかしたら本当に──

 そんな疑念が頭から離れなくなってしまったのだろう。こうなると、あと一息である。


 俺はすっかりと腰がひけてしまっているイケメンに近寄ると、最後の一声をつげてやる。それまでの淡々とした事務的な口調とは違う、腹の底から湧き出でる怒りが詰まっているような、そんなドス声をだ。


「いいから、黙って見過ごせって言ってるんだよ。三下さんしたぁ」


 するとイケメンは怯えているのをすっかり隠さなくなった。

 見ると、目にはうっすらと涙が溜まっている。

 それを見た俺は満足する。


「では再度、提案させてもらいます。私どもにも非があることは理解しておりますので、どうかここら辺で手打ちとさせてもらいませんか。そうすればこのまま引き下がりますので。言っておきますが、これが最後通牒さいごつうちょうです」


 うってかわったように穏やかな声で言ってやると、コクコクと頷かれる。俺としては目的は果たしたために、メッキが剥がれる前に一刻も早くこの場を去りたい気持ちでいっぱいだった。

 かたわらでポカンと大口を開けている伊藤くんと渡辺くんに声をかける。


「それじゃあ、いきましょうか」

「うっ、うっす」

「は、はい」


 なにやら戸惑うようにしてまごついているが、ここにとどまることでボロが出ることを恐れた俺は、さっさと先を行く。

 すると、しばらくして追いついてきた二人が恐る恐ると尋ねきた。


「サトさんて実は、そっち系の人なんすか?」

「まさか。全部ハッタリだよ」

「でも、佐藤さんの言動。まるで別人みたいだったんですけど」

「ああ、あれは知人の真似。ちゃんとした弁護士先生だよ。普段から人と弁論するのに慣れてる人でさ、嫌らしい性格してるから。それをぼんやりと素性を誤魔化して、色々と誤解できるようにモノマネしてみた」

「弁護士の知り合いとかいるんすか?」

「そだよ。旅先の知り合いってだけで、俺自身は法律に詳しくもなんもないけどな」

 

 感嘆したように「はあー」とため息をつく二人、俺自身としてはいつ浅慮せんりょを指摘されるかビクビクしていたのだが、二人の態度を見るに案外に上手くいっていたのかもしれない。

 もしかしたら詐欺師の才能があるかも、いや特にいらないが。


「するっつーと、ここで調子にのった言動しようがおとがめはなしっつーことすよね」


 伊藤くんはそう言うと、俺の返答を待たず振り返る。そして、すでに遠くなってしまったイケメンたちへと捨て台詞を吐いた。


「覚えてろよっ。兄貴はこう言うが俺たちは忘れねーからなっ!」


 遠目からもビクリと体を硬直させるイケメンが見てとれる。

 追い討ちもほどほどにね。


 伊藤くんは、そのまま渡辺くんへと「ほら、ナベも言ってやれって」とそそのかしている。すると渡辺くんも意外なことに、スウと息を吸うと大声を怒鳴り散らした。

 広島の往来のど真ん中に、迫力のない怒声が響き渡る。


「てめーの顔は覚えたかんなっ!」


 そのまま「うわーまるでチンピラだよ」と初めて悪戯イタズラをした悪童のように笑う彼らを見て。こういう健全とは言い難い悪ガキ旅もたまにはいいかと、そんなことを考えた。

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