第37話 出るとこ出ましょうか?

 大義名分はこちらにはない。

 もしかしなくても、道理としては向こうにがある。相手も歪んではいるが正義感の強い人物であるのだろう。そうでなければ、わざわざ人のナンパにケチつけたりはしない。だからといって、容赦する気はまったくない。なぜなら、あのイケメンは泣かすと決めたのだ。

 

 あのイケメンはナンパ野郎が嫌いらしく、反社会的な人だと決めつけたいようなので、ご所望通りに振る舞ってやることにする。つまりはチンピラムーブをかまして、ビビってもらおうという魂胆だった。

 

「とはいえ、具体的にどう迫ればおどかすことができるのか、皆目かいもく見当がつかん」


 俺としても善良な一般市民である。

 いざ愚連隊ぐれんたいのように動けと言われても難しいところがある。

 よって既知きちの知り合いのモノマネをすることにした。

 こちとら無駄に旅ばかりしていない、各地をフラフラしていると様々な職種の方と接する機会があるのだ。


「そうとなると──あれ? そういえば知り合いには、いかにもって人がいないな」


 思い起こしてみても、適当な人物が思い当たらない。あの人ならばと思う人もいるが、ちと大物が過ぎる。若造の俺が演じるのは無理があった。


「ああ、そういえば──」


 とある一人について思い起こす。

 彼はチンピラというよりは、インテリだ。方向性としては違うのだが、人を脅かすと言う目的においては、問題はないので良しとする。


 それではと目を閉じて、思考を切り替える。

 今から俺は佐藤ではなく、その人だと思い込む。彼ならこう言うだろう、振る舞うだろう。イメージを十分に思い描いたのちに、目を開いた。


「お話が熱くなっているところ、申し訳ないのですが。私からも一つよろしいですかね?」


 渡辺くんとイケメンの間に割って入る。

 どんなにマシンガントークな人間だとて息継ぎぐらいはするのだから、冷静にタイミングさえ見計らえば、こちらの発言を通すことは可能だ。


「どうやら色々と、互いに行き違いがありこのような事態になったようです。こちらの非も認めましょう。ですからここらで手打ちにしませんか?」

「なんだ、あんたは? 元はといえば、そっちが無理矢理に彼女たちを──」

「そうでなければ、私も立場上、困ったことになってしまうんです。の方と揉め事を起こしたとなっては、それ相応の対応をしなければなりませんからね」


 こちらは特殊な立場にあるよということを、これみよがしにアピールしてやる。少々わざとらしい気もするが、現状で大事なのはわかりやすいことだ。

 効果はあったようで、イケメンの顔がピクリと硬直するのが見てとれた。


生憎あいにく、私的な旅行の最中なこともありまして名刺めいしはきらしております。まあでも、その方がいいでしょうね、お互いのためにも」


 暗に、こちらの身分については詮索してくれるなよと言ってやる。

 それだけで向こうは色々と想像してくれたようで、慎重に言葉を選んでいるのか、口を開いたまま発する言葉を探している。


「それで、いかがでしょう?」

「はったりだ、そんな馬鹿な話があるもんか」

「そうですか。では、よろしければお名前とご住所を教えていただけませんか?」

「なんで、あんたにそんなことを」

「後日、改めて今回の件についてにお伺いしたく」

「嫌だね」

「そうですか。みたところ学生さんみたいですが、そちらの女性達とは同じサークルか何かだったり?」

「な、なんで知ってるんだ?」


 適当にカマをかけたら、どうやら当たったらしい。

 年恰好からして俺たちと同じ大学生に見えたし、おそらく後方の二人の女性とは知り合いだとは思っていた。さすがに見知らぬ女性がナンパされているのに横槍よこやりを入れてきたとなると、ちょっと怖い。知り合いがからまれているのに介入してきたと考えるのが、よっぽど自然である。

 そして大学生の交友関係で主流といえば、サークル友達かバイト仲間といったところだろう。


「いえ、適当に予想してみただけで他意はありませんよ。まさかこんな短期間であなた方の個人情報を調べ上げるなんて真似は不可能ですから」

「あんた、いったい何なんだっ!?」


 おお。イケメンが余裕をなくして声を荒げてきた。

 さすがはインテリムーブだ、人を手玉にとっているような感覚はちょっと快感である。


「落ち着いてください、なにも喧嘩がしたいわけではないんですから。こちらが望むのは和解です。ええ、話せばわかりますよ」


 楽しくなってきた俺はノリノリで続く言葉を発する。


「さあ、話し合いましょう。それとも出るところに出ましょうか?」

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