第36話 ナンパとは愛だっ

 近寄って様子をうかがうと、渡辺くんに対して一人の見知らぬ男性がまくし立てている最中であるようだった。男性の後方には不安げにたたずんでいる女性二人の姿がある。


「すいません、うちの連れと何かありました?」


 とにもかくにもと介入してみたが、男性はこちらを一瞥いちべつするも、取り合わずに口を止めることもなかった。まだまだ渡辺くんに言い足りないことがあるようだ

 渡辺くんもまいってしまったように、こちらを見ている。

 俺は心内に「ごめんちょっと待ってな」と謝ると、少し後方へと下がり、二人の仲裁をしようと頑張っていた伊藤くんに事情を聞く。


「いやーサトさん、すんませんっす。トラブっちまいました」

「俺らがやってることもやってることだし、それは仕方ないよ。それでどういう経緯?」


 伊藤くんより事情を聞く。

 俺よりも先に合流した二人は、ただ俺の帰りを待つだけなのも時間がもったいないと、果敢に女の子へとアタックを続けていたそうだ。

 そして、相手も二人組である女性たちへと声をかけた。

 すると横合いから突然に口を挟まれたのだという。いわく、「いい加減にしないか、彼女たちは嫌がってるだろう!」だそう。


「マジ颯爽さっそうとしてて、格好よかったすよ。やっぱイケメンは何やってもさまになるっす」

「まあ惜しむらくは、そのイケメンに非難されてるのが、俺たちだってことなんだけどね」


 渡辺くんを責め立てている男性はなかなかの優男である。そして周りを見ると、これだけ騒いでいるのだから、やはり注目されていた。

 やっぱりはたから見ると、女性を守ろうとするイケメンと不届きなチンピラどもという構図なのだろうか、これは。そうだとすると不本意だ。


「それで、なんで渡辺くんが?」

「あー……実はっすね」


 相手の男性のたかをくくったような言動が鼻についたものの、二人もわきまえている男だ。ことを荒げても得することがないことを理解している。そのまま立ち去ろうとしたのだそうだが──


「相手の言葉にちょっと禁句っつーか。ナベにとっちゃ到底、聞き流せないようなこと言われちまって。キレて反論しちまったんす」

 

 意外なことに、いつも飄々ひょうひょうとしている伊藤くんが怒気をにじませて発言する。いったいなんと言われたかは気になったが、それは追々おいおいだ。今は話の先を促す。

 渡辺くんも反論してからしまったと思ったらしく、すぐさまにほこを収めて撤退しようとしたらしい。だが、それが良くなかったのだろう。完全に敵対者だと見なされてしまったうえに、そんな反応は弱腰になって逃げ出す臆病者に見えたようだ。残念なことに、敵対する者が隙を見せると徹底的に潰そうとする性質たちの人はいる。彼はそんなタイプの人間だったのだろう。


 そして攻勢は激しさを増していき、現在に至る。

 そのような説明を受ける。


「どうするっすかね。俺としては、一発ぶん殴ってトンズラこいちまうのがベストかなって思うんすけど」

「過激だね、伊藤くん。けどそれは最終手段としてとっておこう」

「ういっす」


 多分、なんだかんだで相手の男性に対して腹にえかねるものがあるのだろう。冗談にしても言葉が悪い。これは俺がどうにしたほうがいいなと覚悟した。


 とはいえ、そう簡単に解決策は浮かばない。

 これは本当にお手上げかもしれない。そう思っているところへ男性の声が聞こえてきた。


「ナンパする奴なんてナンセンスだ。チンピラのすることだ。世の女性たちだって迷惑している。どうせ大した苦労もなく女性の身体を手に入れたいからしているんだろう? 怠惰な上に浅ましい。恥を知りたまえよ、恥をっ」


 カチンときた。


 今、あの優男はなんと言った?

 苦労もなく?

 身体のみを狙って?

 怠惰な上に浅ましい?

 はは、ふざけたこと言う。

 お前にわかるか、ゴミを見るような目でさげすみを受けながらも、そんな相手にヘラヘラ笑ってご機嫌とりに徹していた俺たちの気持ちが。そんな中で天使様のような女性に出会えたとしても、そんな女性は高確率で彼氏持ちであるこの無念さが。

 さすがはイケメン様だ。黙っててもチヤホヤされる奴の御高説は痛みいるばかりだ。


「さっサトさん、顔こえぇ……」

「伊藤くん、あのイケメン。泣かそう」

「う、ういっす」


 ナンパとは生半可な気持ちでできるものではない。

 つまりは愛だっ。

 誰になんと言われようとも、そこを譲るつもりはない。

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