第35話 ガールハンターへの道 in 広島②

「年収は、いくらあるの?」

「えっ、あいや、大学生なのでそれはちょっと──」

「あらそう、それじゃあ」


 そう言って、女性は去っていく。

 個人的に好ましい容姿をしたお姉さんに声をかけたら、そのような結果になった。これで何連敗目かはわからないが、今のは相当にこたえた。

 俺のように見るからに金を持たない若造わかぞうを捕まえての発言なのだから、きっと彼女なりの「おとといきやがれ」という言葉なのだろう。だが断るにしても言い方というものがあるだろうに。あんな風に、わざわざ相手の気を悪くしようとする必要性が感じられない。

 

「はあ」


 思わずため息がこぼれてしまう。

 あのようにスゲない態度を取られたときは、たまたま相手の気がたっていたときに話しかけてしまったのだ、運が悪かった。そもそもアポイントもなしに関係を迫っているのはこちらなのだから、文句を言う筋合いはない。と、そのように自らを説得しているが、それでも積もり積もれば、すさんでくる。

 今はただただ虚しいだけである。

 おかしい。

 俺はナンパというモノはハッピーで愉快なものだと思っていた。それなのに結果はなんだ、女性からいわれある誹謗ひぼうを受けるばかりではないか。


 冗談抜きにして、ナンパはもうりだから二度としない、なんてことになりそうだなぁ。


 そんなことを思う。

 いやまあ正直に言ってしまえば、こんな風に女性にケチョンケチョンされるのも人生経験であり、これはこれで楽しいことだと捉えている。だが、それでも予想より悲しい結末が多すぎた。

 せめて何か一つだけでも報われることがあればいいのだろう。しかし、現実にはそうそう都合よく物事が運ぶことはない。というよりも、彼女もちの俺にとっては、都合よく物事が運ぶとそれはそれで困る。だからモチベーションの維持が難しいのだ。なにくそ、という反骨心が湧かない限りには、そろそろ飽きてきたことも否めない。

 その後も、横断歩道でオフィスレディ風の女性に声をかければ、信号の切り替わりのタイミングでダッシュで逃げられ。宝くじ売り場の前で「私、今からスクラッチ買うんだけど」と女子大生から言われたので、では結果を見せ合いっこしようと、売り場のカウンターに声をかけている間に忽然こつぜんと姿を消されたりした。

 残ったのは、ペラペラとしたスクラッチカードが一枚だけ。


いさぎよく諦めて二人のところへ戻るか」


 ついには、心が折れてしまった。

 すると道の行先より、一人の女性が歩いてきたのが見える。

 よし彼女に声をかけたら、さっさと戻ろう。

 そう決めてこちらからも歩み寄っていくと、次第に相手の様子が判明してくる。可愛らしい女性ではあるが、少しばかり俺の好みからは外れた人であった。

 

 俺の好みとは、そのまま高橋のことである。

 つまり彼女は高橋とは全然に違った雰囲気を持った女性であった。


 なんというか美人なのだろうが派手なのだ。

 装飾品に溢れて、顔の凄いところにピアスなんかも開いている。まるで武家の娘かと問いたくなるような質実さ素朴そぼくさ、シンプルイズベストな女性である高橋とは、ある種において正反対とも言える。

 あまり乗り気になれる相手とは言えなかったが、サッサと撤退する心づもりであったし、パッと見た印象で嫌な感じは受けなかったので、躊躇ちゅうちょせずに話しかける。


「あの、よかったら少しお時間いいですか?」

「はい、なんでしょ?」


 ほがらかに返される。


「いえ、お姉さんがあんまりにも魅力的だからつい、声をかけてしまったんです。不躾ですいません」

「え、まさかナンパです?」

「はっきり言うと、その通りですね」

「えーマジか。もっとちゃんとした格好してくりゃ良かった。え、マジで言ってます、それ?」

「マジもマジで、大マジですよ。お姉さんはお綺麗です、思わずお話したいと思うほどに」

「えーマジか」


 その後も「マジか」と言う言葉を唱えては、照れているピアスのお姉さんである。彼女はひとしきり身をクネクネさせると、改まってこちらに声をかけてくる。


「私、ちょっと落ち込むことがあって。それでブルーだった? みたいな感じだったんだけど、おかげで元気出た。あんがとね、お兄さん」


 天使を見た。


 いやマジなんなのこの人めっちゃ可愛い。おい誰だよ、ピアス開いてて派手だから興味ないとかほざいた奴、出てこいやぶっ飛ばすぞ。

 俺の脳内が唐突な負荷に暴走している。

 目の前の女性から後光が差しているのをはっきりと幻視する。

 あんがとね。

 その言葉が残響をともなって、俺の頭に清水しみずのように染み入っていく。ああその一言で俺は救われた、ナンパしてきて良かった。今日一日の苦行は全てこのときのためだけにあったのだ。はっきり言って、年収がどうこうほざいてた女の百万倍可愛いわボケェ。


 そこまで考えると同時に、装飾品どうこうで目前の天使様に色眼鏡していたのは自分であり、その点では年収女性のことを言える立場ではないと気づいて反省する。

 そのまま意識的に脳内のクールダウンをはかると、ピアスの天使様、略してピアテンとの会話を楽しむ。


 色々と話したが、結果的にはナンパは成功しなかった。

 理由は簡単、彼女には彼氏がいるからである。食事に誘っても「それはさすがに無理」とはっきりと断られた。おかげでピアテンへの好感度は上昇する一方である。


 せめて旅先で出会った友達として、連絡先ぐらい交換したかったが、俺も彼氏持ちの女性に連絡先をねだるなんて真似には戸惑いを覚えたので断念した。彼女もこれからアルバイトに向かう最中だと言うので、名残惜しくはあるが、そこでお別れする。


 結果としては全敗であったが、それでも帰る足取りは軽い。

 ああピアスって可愛いんだな、知らなかった。

 いかん、このままでは東京に戻った際、高橋に「ピアスとか興味ない?」とか聞いてしまいそうだ。でも耳たぶぐらいならススメたとしても変ではないよね?

 すっかり、性癖を捻じ曲げられてしまっている俺である。


 そのようにご機嫌な態度で歩いていると、先の方で何かイザコザが起きている様子を発見する。


「ってありゃ、何かトラブルか?」


 そこには旅の道連れである二人と、見知らぬ男女の三人が対峙するような形でいる姿があった。

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