第34話 ガールハンターへの道 in 広島①

 ナンパをたしなかたというのは、崇高すうこうな人物だということを痛感した。

 そうでなければ、こんな苦行を笑って行えるはずがないからだ。きっと徳が高く、何事なにごとにもへこたれない強靭きょうじんな精神を有する者のみが、一握りのナンパ師になれるのだ。


 場所は広島市内の繁華街。

 再び相見あいまみえたチンチン電車が走る街中で、俺たち三人はガールハントにいそしんでいた。

 始めのうちは新しい挑戦に対する高揚感もあり、調子良く声かけをおこなっていたのであるが、慣れてくると次第に、ナンパという行為のその実情が判明してくる。


「あれ、これ。地獄じゃね?」

「やっばいすねー」

「もう心が折れそうなんですけど……」


 すでに数えきれないほどの女性に声をかけたのであるが、成果はゼロである。

 そこはいい。

 いや良くはないが、それでもそう甘い話ではないと予想の範囲内ではある。問題は、声をかけた女性のその反応である。


「まさかここまで邪険にされるとは思わなかった」

「なんか虫ケラを見る目でにらまれるすね、ウケるっす」

「これ、下手すると女性不信になりますよ」


 冷静になって考えてみると、唐突に見知らぬ男性から声をかけられるのだ。幼少より「見知らぬ人について行ってはダメ」という教えを繰り返し教育されている現代人からしてみれば、そいつは不審者以外の何者でもないのである。

 ナンパをして女性とご親密にどうこう以前の問題だ。まずは人として、警戒されないようにしなければならない。ガールハントとはよく言ったものだ。気分はまさに警戒心の強い、野生アニマルを相手どっている感覚だった。

 失敬。調子にのって言いすぎたようである。

 撤回するので「女子を動物扱いってサイテー」なんて言葉はかけないでもらいたい。これ以上、女性に白い目で見られると、タチなおれなくなる。


 とにもかくにも、極力相手に不信感を与えないようにしなければならない。それに気づいて態度を改めてからは、徐々に相手の反応も軟化してきてはいるが、それでも怪訝な顔をされるのは否めない。

 相手方の女性の反応も様々で、中には開口一番に「警察呼びますよ?」なんてことをおっしゃる人もいた。できればおかみのご厄介にはなりたくないので、即座に退散する。


 三人でヒーヒー言いながら、携帯電話を片手に持つ女性から逃げおおせる。

 そして思う。

 

 ナンパ野郎というのはこのような苦難を平然とのりきっているのか。だとしたら、俺は彼らを心の底から尊敬する。

 漫画などの創作物で、ときに主人公たちの引き立て役として、またあるときには情けないやられ役として、物語の添え物となる彼らであるがとんでもないことだ。

 彼らこそは、失敗してもめげない真の勇者である。『絶対に諦めない』というセリフはナンパ野郎にこそ相応ふさわしい。

 今後、漫画を読んで名も知れぬナンパ野郎が登場したのであれば、全力で応援しよう。


 そのように馬鹿な妄想にふけり、現実逃避を終了した。


「二人とも生きてるか?」

「何とか」

「無事なのは身体だけです」


 女性からの反応もそうだが、周囲からの視線というのも、また俺たちを苦しめる一因であった。

 目立つのだ、ナンパは。

 ときに、自分でも素面シラフでは口にできないと思う台詞セリフを言うときだってある。それを通りがけのご年配の御仁や、子供づれの家族に聞かれているかと思うと、赤面は禁じ得ない。

 ポカンとする子供がジッとこちら見ているのに気づいて手を振ると、母親らしき女性がサッと子供を背後に寄せる。いや、さすがに子供には声はかけませんて。

 女性にすげなくフラれて残心しているところに、わきを通り過ぎた中学生の一団から「ダサっ」という呟きと、ワッと盛り上がるあざけりの笑いが聞こえてきた。うっせぇ中坊、オメェらもじきに同じような醜態しゅうたいを晒すんだよ。彼女に不貞を働かれる呪いかけっぞっ、クラァ。


 多くの女性に声をかける中で、三人それぞれのナンパスタイルというのも次第に見えてきた。


 まずは俺であるが、声をかける際には紳士風をよそおっている。

 目当ての女性へと率直に「お話をさせてください」と了承を得てから、「あなたが魅力的でしたので、つい我慢できずに」と続く。そして「良かったら、ご一緒にお食事でもいかがですか?」と誘うのだ。ときに新手の宗教勧誘やキャッチセールスと勘違いされることもあったが、声かけ自体は成功する確率は高かった。ただ問題は「えーお兄さん、彼女いないんですか?」みたいな質問があった場合である。

 嘘を言うわけにはいかない。

 答えは「彼女持ちですが、ナンパしてます」だ。

 すると、どうだろう。どんなに聞く姿勢を持ってくれていた女性でも、まるで靴の裏に引っ付いたガムを見るような目で、俺を一瞥いちべつすると去っていくのだ。


 続いて伊藤くんだ。

 彼は正統派である。「こんちはーお姉さん、俺たちと遊びませーん?」とチャラい男が軽薄に女性を誘うのだ。そのまま「ってか可愛い、そっちのお姉さんは美人さん、こりゃ声かけない方が失礼だって」と、いっそオーソドックス、むしろ感動するぐらいのナンパ野郎だった。

 問題はあまりにも典型的なので、相手方の対応も典型的なのだ。警戒されて一言も会話がなく去られる確率が高かった。しかし、面白がって話し込んでくれる女性も少数いた。そんな場合、これはいけるんじゃないかと、期待するぐらいに話が盛り上がるのだ。

 俺たちの中で成功に一番近い男は彼なのかもしれない。


 そして問題は渡辺くんだった。

 彼はちょっと、成績不振者である。

 女性に声をかけようとしてもガチガチに緊張しており、どもってしまう。「あっあああの、こんにちは」と挨拶されるだけで女性は「なんかヤバイ奴に声かけられた」となってしまうのだ。

 話術、なんて以前の問題である。

 ろくな会話もできずに、逃げ去るように女性が行ってしまう。

 まずは声かけの回数をこなして慣れてもらうしか、成功への道はないのだが、一向に良くなる気配は見えてこない。非常に残念なことであるが、彼にはナンパの才能がないのかもしれなかった。


「一つ、思いついたことがあるんすけど、いいすか?」


 伊藤くんが提案してくるのを聞く。


「男三人で行動しているから、女の子が怖がってないすか?」

「一理あるな」


 相手も二人、三人と数をそろえているのであれば、それも自然だが。単独で行動していた場合、周りから見える光景としては、女性一人を取り囲む三人の野郎どもである。あまり健全な様子には見えないことだろう。


「よし、それじゃあ。一度、手分けしてみようか。収穫があれば報告すること」

「アイサーっ」

「うっ、了解です」


 そのように、解散して行動することになる。

 はてさて、どこに向かったものだろう。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る