第33話 本気になったら嫌だからね

 それから、がんとしてこちらの主張を聞き入れてくれない高橋をなんとかなだめすかし、発言の意図を説明する。

 

 ナンパとは言うが、自分には女性とどうこうするつもりはなく、ましてや下心による動機は一切いっさい持ち合わせていないこと。

 では何故なにゆえにそれをするかというと、旅の道連れの二人には新しい恋や、気分転換のための刺激が必要であるということ。

 俺が女性に声をかけるとしても、節度ある態度をもって、相手方に間違っても脈アリだと思わせないようにする。俺の立ち位置としてはオマケの添え物であり、二人のサポートに徹するということ。


 そのようなことを、誠心誠意に伝える。

 その甲斐あってか、高橋も当初ほどの拒否反応は示さず。不服そうではあるが、こちらの要望について聞く耳をもってくれるようになった。


「つまり、その仲良くなった友達二人のために行動するって。そういうこと?」

「その通りです。もし相手方とお食事を一緒にするなんてことになりましても、あらかじめ彼女モチだと伝える所存です」


 俺が低頭平身に頼みこんでいると、高橋が何かを考えるように無言になる。ビクビクしながら言葉を待っていると、おもむろに彼女から発言される。


「その二人の友達ってのは、佐藤くんにとって『いい奴』なの?」

「はいその通りです」

「本当に、変わらないね佐藤くんは」

「ん? あ、はい。我ながら旅に出るとテンションが上がって、調子に乗ってしまう悪癖あくへきは自覚しており──」

「面倒だから普通に話して──そこじゃないんだけど。まあ、そこもなんだけど」


 すると高橋から意想外な質問をされる。


「テルちゃんて覚えてる? 私たちが子供のときに転校しちゃった」

「また、懐かしい名前が出てきたな。覚えてるよ」

「昨日さ、連絡が来たんだ」


 聞けばSNSを通じて軽くやりとりをしたらしい。確かに当時、彼女と一番親しくしていたのは高橋だった。


「自分も大学生になったから、昔の馴染みにまた会ってみたいってさ」

「ああ、そりゃいいじゃないか。みんな盛り上がるぞ、不必要に」

「それで彼女、佐藤くんにあったら絶対にお礼が言いたいって」

「なんで俺?」


 唐突な指名に疑問を覚えて尋ねる。

 すると「テルちゃんてさ、夏休みの間に急に転校しちゃったじゃない?」と尋ね返される。確かに彼女は家庭の都合により、学校の長期休暇の間に俺たちの前から姿を消していた。新学期が始まったら全員が愕然がくぜんとしていた記憶がある。


「ああ、あれは残念だったよな」

「うん。彼女もね、それを相当に気に病んでたみたい。誰にも別れを告げることなく転校しちゃって。こわくて誰にも言い出せなかったんだってさ」

「まあ当時はみんな子供だったし、そんなこともあるだろうさ」

「うん。それでさ。そんな風にビクビクしてたときに、当時の佐藤くんが何を思ったのか、遊園地に行きたいって言い出したんだって。言われて私も思い出したよ。佐藤くんが急に駄々だだをこね始めたことがあったなって」


 高橋は「佐藤くん、風邪気味だった鈴木くんまで無理やり連れてきて、全員そろえちゃったでしょう。駄目だよ、ああいうことしちゃ」と微笑う。


「おかげで彼女、転校前に大事な思い出ができたって、今でもあの遊園地の楽しさが忘れられないってそう言ってたよ。そして佐藤くんが別れ際に言った言葉もよく覚えてるんだって」

「はて、なんか言ったかな?」

「『元気でな、たまには思い出してくれ』ってそう言ったらしいよ。それで『なんで?』って聞き返したら『テルはいい奴だから』って答えられたってさ」


 高橋が電話越しに「転校すること知ってたなら教えてよ」とプリプリしているが、「偶然だよ、それは」と返しておく。

 言われて思い出した。

 それは高橋の誤解というものだ。

 当時の俺は彼女が転校するなんてことは知らなかった。

 ただ、そのときの彼女の雰囲気が、よく見知ったモノであったことを悟っただけだ。彼女の目は、旅に出かける前の俺と同じ色をしていたのだ。

 

 ここには自分の居場所がない。

『どこか。ここじゃない、どこか』へ──

 そんな顔、そんな目だった。


「だから佐藤くんは変わらないなって──私はどうなんだろう、色々と変わっちゃったなぁ。本当はこんな自分になるはずはなかったんだけどな」

「高橋はそう言うがな、実際に久しく会ってない人に『お前は変わらんな』と言われると『お前は進歩しとらんな』って言われた気分になるときもあるぞ。高橋はいい女性になったよ、それは俺が保証する」

「そこが一番に自信喪失しているところなんだけれど……うん、でもありがとう」


 そこで話が一旦、区切られる。

 なんだかシミジミとした雰囲気に落ち着いてしまったが。

 はて? 元々、俺たちは何の話をしていたのだったか。


「ナンパの件だけど、私からは特に言うことはありません」

「あ、そうだった。はい、でもいいのか?」

「仕方ないでしょう。佐藤くんは遠く広島なんだから、黙ってこっそりされたら確かめようなんてないんだから」

「高橋なら、黙ってやったとしても気づきそうだけどな」

「そこは確かに自信がある」


 そのままナンパをするにあたり、いくつか条件を提示される。

 それは高橋が不安にならないためにというよりかは、その気もないのにナンパされる女性に配慮するような内容だった。そこで初めて、そちらに対する気遣いが足りなかったことに気づいて反省する。


「本当は、私がこんなこと言える立場じゃないんだけど──」


 彼女は最後に改まってそんなことを言う。


「本気になったら、嫌だからね」

俄然がぜん、やる気が出てきた」

「ちょっと」

「あっ違う違う、やる気が下がった? とにかく気分は高揚してる」

「もう……以前、佐藤くんが本気になった相手なら潔く身を引くって言ったけど、さすがにナンパした行きずりの相手なんて認めたくない。そこだけは覚えておいて欲しい」

「大丈夫だ。高橋が心配するようなことはないよ」

「本当かなぁ」


 そうして高橋との電話が終了する。

 彼女も時間をおいたことで、だいぶ気持ちを落ち着かせることができたようだ。今回のやりとりは、以前の俺たちとそう変わらないものであり、それもまた俺の気持ちをたかぶらせる一因となる。


 俺はそんな勢いのまま、背後で待機する二人の旅の道連れに声をかけた。


「野郎ども! 許可は降りたぞっ、今夜は広島でガールハントだっ!!」

「ふうー! ヒィーハァー!!」

「やけにペコペコ平謝りしてましたけど、本当に大丈夫だったんですか?」


 それぞれ、そんな反応をする頼もしい仲間達だ。

 絶対に負けられない、おとこたちの戦いが始まる。

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