第31話 ダブルスタンダードこそが、人の摂理

 翌日。次の目的地へと向かうべく車を走らせていると、後部座席に座る伊藤くんから物言いが入る。


「なんかご機嫌な音楽とか、ねっすか?」


 言われてみれば、これまで運転中にオーディオに手をかけることはなかった。しかし、旅の最中に周囲の目を気にすることなく音楽を楽しめるのは、車での旅の利点の一つである。活用しないのももったいない気がする。

 俺は伊藤くんの提案に了承し、カーオディオを操作する。


「ん、何か入ってるっぽいな」


 するとディスクデッキの中に、一枚のディスクが入っていることに気がつく。


「もしかして、前の借主の忘れ物ですかね?」

「そうかもしれん」


 助手席に座る渡辺くんに頷く。このようにレンタカーのデッキ内部に忘れ物をしてしまう人は多いと聞いたことがある。それがそのまま俺たちに貸し出されてしまったということなのだろう。

 これは後でレンタカー会社に返却してもらうこととして、今気になることとしては──


「なんの曲が入ってるんだろうな、聞いてみようか」

「えっ、でもいいんですかね?」

「いくないよ。けど、する」

「あーサトさん、わるっすね。仕方ない。サトさんがどうしてもって言うから、俺も一緒に聞くっす」

「抜かしあそばせ、伊藤くん」


 オーディオ画面にある、再生の表示をタップする。

 するとオーディオから、ボンッボンッという特徴的なベース音が聞こえてきた。


「あーなんか聞いたことあるっすね」

「相当に古い曲ですよね、これ」

「あれ、二人ともあんまりピンとこない感じ?」


 流れてきたのは、古い洋楽。往年の大名曲である。

 かつては映画の主題歌になったこともあり、知名度は抜群であると思っていたが、興味ない者にとってはメジャーとは言い難いらしい。


「あ、でもいい曲ですね」

「歌詞もいいすねぇ……というか俺たちにとっちゃ、笑えなさすぎて。なんか泣けてきたっす」

「あ、そういや歌詞の意味とか気にせず聞いてたな。伊藤、なんて言ってんの、この曲」

「あー、ナベは後で検索してみ、絶対ぜってぇ落ちこむから」

「あーいやでも、なんか意味わかってきた」


 昔の洋楽曲というのは比較的ゆったりとしたテンポで、聞き取りやすい発音で歌ってくれているものが多いために、渡辺くんも歌詞の意図するところがわかってきたらしい。

 曲の内容はド直球だ、愛する者にそばにいて欲しいと歌っている。その愛する者を失った我々には、ちと酷な話である。

 いや、俺は失ってはいないが。

 しかし、二人ともそこまで気にはしなかったようで、しみじみと名曲に耳を傾けていた。そんなに長ったらしい曲でもないので、飽きがくる前に曲のアウトロが余韻と共に消え去っていく。

 ディスクの中身はコンピレーションアルバムだったようで、その他にも、俺たちの年代には直接に聞き馴染みのない楽曲が流れていった。


「ふむ、ここらで一つ。君たちに謎かけをしよう。今後の未来に関わる、重大な質問だ」

「おっ、いったいなんだって言うんすか? サトさーん」

「急に寸劇が始まった……」


 雰囲気をつくって問いかけると、二人からそのような返答を得る。俺はその空気を保ったまま、重苦しく口を開いた。


「この忘れ物をしたディスクの持ち主の素性を、みんなで推理してみようじゃないか。可能ならディスクを忘れてしまった、その理由までをもだ」

「その心はー?」

「単なる暇つぶし」

「とくに重大でも、未来にも関わらないじゃないですか」


 渡辺くんが呆れたような返答をする。

 やはり真面目な人間というのはいい奴だ、ボケても律儀にツッコンでくれる。そういう人材は中々に有難い。


「まあまあ、あまり俺の言葉に意味があると思ってはいけないよ、渡辺くん。舌の根も乾かぬうちにまったく逆の言葉を発するのが人間てもんさ。ダブルスタンダードこそ、人の摂理」

「まるで信念ない論客ろんかくの理論ですね、それ」

「そんな融通のかない君にはこんな言葉を授けよう。ケセラセラ。全てをどうでもよくしてくれる魔法の言葉さ」

「もっといい言葉だっと思うんすけどねー、サトさんが言うと違う言葉に聞こえてくるから不思議っす。もちろん胡散臭い意味で」


 思想的に俺よりだと思っていた伊藤くんからも指摘される。だが、暇つぶしをすることには二人とも意義はないようで、しばらくの間、三人で云々うんぬんと頭を悩ませて、それぞれの推理を披露ひろうし合う。


『じいさんか、ばあさん』


 語尾がそれぞれ「っしょ」「です」「だな」と違いはあったが、三人とも結論は一緒だった。またディスクを忘れた理由としても──


『ボケてたのでは?』


 ──ふむ。

 もしも俺たちが、漫画にあるような難事件に巻き込まれてしまったとしても、問題を解決する探偵役は務まりそうにない、ということが判明した。

 この旅の先で、旅情事件簿なぞの機会イベントが訪れないことを祈るばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る