第30話 なんというか、ご愁傷様です

「──というわけなんすよぉ、マジありえなくないすかぁ?」


 夕暮れすぎた宵闇よいやみどき。

 九州を抜けて、中国地方に入ったとある道の駅。

 その車中泊スペースにて、俺たちはコーヒーをすすっていた。自動車から降りて、屋外で薬缶やかんを置いたシングルバーナーを囲みながらの談笑だ。ちなみにバーナーなどは彼らの私物だ。

 しかし話題は今、気軽に笑い飛ばせないものへと移行している。


 伊藤くんはどうやら彼女に不貞を働かれたらしい。

 そしてそのまま別れてしまったという。


「はあ、そんなことがねぇ」


 話を終えた彼に対して、いたわりの気持ちを込めて言う。

 発端ほったんは俺が彼らに「なんでヒッチハイクしようと思ったの?」と聞いたことにある。すると「とにかく気晴らしがしたかった」との返答を得る。では、なんでそんな心境になったのかと、当然のように話は拡がっていき。伊藤くんの旅の動機を聞いたわけだ。


 ザッと簡略にまとめさせてもらうと、つきあって半年ほどの彼女の様子がおかしいので問い詰めたら、浮気が発覚。すると彼女は「彼女を疑うなんて最悪」という気持ちだそうで、浮気相手と付き合うから別れろと、そういう経緯らしい。


「それはまあなんというか、ご愁傷様しゅうしょうさまです」

「ま、きっちりと落とし前はつけさせてもらったんで、俺の方は別にいいすけどね」

「いや、怖いこと言うね」

「あっ大丈夫っすよ。リベンジポルノとかしてないので」

「わざわざ、『は』って強調するところが尚更なおさら怖いわっ!」


 俺が、何をやったんだこいつ、と疑念のまなざしを送っていると、横から苦笑した気配の渡辺くんが補足をしてくれる。


「一応、僕もその経緯を知ってますが……うん、まあ。公序良俗こうじょりょうぞくに反さない程度には収まっていましたよ。なんとか」


 いったい何をやったのか気になりはするが、聞かないでおこうと決めた。蛇が出てきそうだったからだ。

 そして話題の矛先を変えるべく、渡辺くんへと問う。


「二人はずっと友達なの?」

「ああいえ、実はそんなに仲良くないんですよ。高校、大学と一緒ではあるんですが、関わりはほぼなかったです。クラスも一緒になったことはなかったですし、まあ趣味も合わないだろうと思ってました」

「え?」


 二人旅までしている仲なのに?

 道理に合わない返答に疑問の声をあげてしまう。

 すると伊藤くんの方から説明がある。


「俺が彼女にフラれて、さあどうすっかなってときに、ナベも彼女にフラれたって話を聞いたんすよ。んじゃあ、俺と一緒にヒッチハイクの旅に出ようやって、そんな感じっす」


 笑いながら「んでも、今はマブダチっすよ」と言う伊藤くん。

 そんな彼の説明に「なるほど」と声を上げる。そういう経緯なら、二人の雰囲気のチグハグさも含めて色々と納得できる。

 笑いかけられた渡辺くんはというと、居心いごころが悪そうに「まあそれなりに仲良くはしてますよ」と口にしていたが、まんざらでもなさそうだ。案外これで、この二人は相性がいいのかもしれない。


「しかし渡辺くんまで彼女にフラれるのか、世知辛いなぁ」


 なんとはなしにそんな言葉を発すると、二人の様子が少々変わる。まるでその場に相応ふさわしくない何かを見聞きしたように、次の言葉を選んでいた。


「あれ、ごめん。何かまずいことでも言った?」

「あ、いえそんなことないです。ただ僕の方はちょっと、伊藤ほどに気持ちの整理がついてなくて。詳しくは話したくないんですけど」


 どうやら彼はあまりいい別れ方をすることができなかったようである。そういう事情であれば、俺も深く追求するような真似はしない。


「サトさんの方はどうなんすか、まさかサトさんまで傷心旅行だったりしませんよね?」

「ああいや──」


 伊藤くんがやや強引に話題を変換してくる。それにのっかることは、やぶさかでは無いが、質問があまりにも狙いすましたかのようである。まさかこいつはエスパーか、なんて馬鹿なことを考えたりもした。

 ここで俺は言葉を詰まらせる。

 あまりペラペラと彼女と親友のやらかしをしゃべるのは、褒められた行為では無い。ただでさえ長崎での別れ際に、ポロッと口を滑らしてしまったのだ。自粛じしゅくして然るべきである。


 ──ただなぁ、二人ともいい奴みたいだし、嘘はつきたく無いんだよなぁ。


 ここまで一緒に行動した印象として、目の前の二人は性根から善良な人間であるようだった。そのような人間が、自らの身の上について誠実に語ってくれたのだ。こちらも相応の態度を取りたいと考えてしまう。

 まあいっか。

 きっと二人は事情を知ったところで、悪意をもってそれを吹聴してまわるような真似はしないだろう。そもそも旅先でのことだ。まさかこれから、二人と高橋や鈴木が邂逅するような事態にはならないだろうし。


 そんな風に軽く考えてしまう。

 気がつくと俺は二人に対し、自らの事情をペラペラと調子良く語っていた。


 余談だが、俺がその軽率な行動を後悔することになるのは、だいぶ先のことになる。口は災いの元とはよく言ったものだ。

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