第29話 まごうことなく豚骨ラーメン

 ヒッチハイクの二人組から改めて自己紹介をされる。


「伊藤っす、大学一年。よろしくぅ」

「渡辺です、同じく大学一年生。よろしくお願いします」


 伊藤と名乗った青年は、なんとも独特な抑揚でしゃべる男であり、ところどころで上調子になる。ハッキリ言うとチャラい。

 渡辺と名乗った青年は、生真面目きまじめだ。慇懃いんぎんなその態度は、いっそとっつきにくさを感じる。

 どちらも見た目にはごく普通の大学生であるが、なんとも対照的な雰囲気だった。そんな彼らがヒッチハイクで二人旅をしているというのだから、変な感じである。

 

 場所は博多駅に到着して、少し歩いた先にあるラーメン店である。

 彼ら二人は福岡が地元のようで、俺が美味いものを所望しているということを知ると、ここを紹介されたのだ。

 東京住まいの俺にとっては聞いたこともない店名であったが、地元においては有名店であるらしい。暖簾のれんをくぐると著名人の色紙がびっしりと貼られているのが印象的な店だった。


「伊藤くんと渡辺くんね、よろしく。改めて、佐藤といいます。俺も大学一年生」


 注文した豚骨ラーメンを待ちつつ、俺も自己紹介を終える。

 そのまま雑談へと移ったが、その際に俺が一浪していることがバレてしまった。すると二人とも若干だが、かしこまった態度を取るようになってしまう。俺としてはフレンドリーにやっていきたいと思っているのだが。


「いや、俺らもそれはわかってるんすけどね」

「佐藤さんの旅に便乗させてもらっているわけですから、やっぱり最低限、失礼な態度は取れないですよ」

「そっすそっす。あっサトさんって旅慣れてるんでしょう、俺らにヒッチハイカーの極意を伝授してほしいっす」

「それは構わないけど」


 そのように会話していると、待望のラーメンが到着する。

 白濁としたスープに、鼻腔にツンとくる独特な香り。まごうことなく、これぞ豚骨ラーメンといった逸品が提供された。美味い。

 博多の滋味じみを堪能しつつ、彼らと旅の詳細について話し合う。

 彼らはヒッチハイク旅は初めてで、地元からスタートした途端に俺に拾われたとのことであった。最初から大阪まで一飛びとは、この二人はなんというラッキーボーイであろうか。これは旅の酸い甘いを経験する機会を奪ってしまったかなと、そう言うと。二人は「いや目的地に早く着ける分には助かるんで」とそう答えた。どうやら東京に何か御用がある様子だ。


「それじゃあ、旅の条件はさっきの通りでいいかな?」


 確認をとる。

 条件とは、旅における道程や金銭に関するあれこれである。

 俺はこれから二泊かけて大阪まで向かう。宿泊場所は道の駅などで車中泊が許可されている所だ。その際にかかる費用は基本的に俺が出すが「一人につきいくら」という料金体系だったりする場合は、各人で払ってもらう。食費も各自。また旅の途中で観光もするし、ふらりと道草を食う場合もあるということ。

 主だってそのような事柄について取り決めていた。

 数時間程度の旅の付き合いだったら適当にしていてもよいが、二泊三日も同行するとなると、こういう条件等は最初にハッキリさせておく必要がある。大事なことだ。


「了解っす」

「むしろ、いいんですか? 僕たちだってそんなに──」

「ああ、大丈夫」

 

 俺の世話になることに対して恐縮する姿勢を見せる渡辺くんと、それをおくびにも出さない伊藤くん。俺としてはこれまでヒッチハイクの旅をしてきて、お世話になった方々と同様のことをしているだけなのだ。それをただ返しているだけに過ぎない。ペイフォアードの精神だ。彼らもそのうち、同じことを見知らぬ誰かにしてくれるだけでいい。


「んじゃ、ここの会計ぐらいは俺たちで持つっす、あとは取り決め通りってことで」

「あ」


 話が済むと、伊藤くんが伝票をもって店入り口にあるレジへと行ってしまった。その所作は流れるように行われ制止する暇もなかった。


「早速、自由にして申し訳ない」

「ああ、いやいや。気にしてないけど、ああもスマートにされると、格好いいもんだねえ」

 

 伊藤くんの雰囲気からして「チーッスアザーッス!」とか言われて終わるかと思っていたところで、この対応はちと意想外だった。しかし気分を害されたとかそんなことはない。むしろ惚れ惚れしたくらいだ。いわゆるギャップ萌えというやつか。奴はきっとモテるチャラ男に違いない。

 レジから帰ってきた彼に「ごちそうさま」と声をかけるとニシシと笑う。「次は何を食いに行くっすか?」という彼をみて、今回の旅も楽しくなりそうだと、そんな予感がした。

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