第28話 梅ヶ枝餅を五つください

 福岡県、太宰府天満宮だざいふてんまんぐう

 長崎を離れた俺は、車にてこの地までやってきていた。

 天満宮といえば神社の社号の一つで、ここ太宰府の天満宮は全国的にも有名だ。しかし俺には、前々から疑問に思っていたことがある。

 京都の北野天満宮とどっちが総本社なんだ、と。

 参道を行きつつ、ざっと検索してみる。すると、どっちも総本社であるとのことだった。さすがは神社だ、おおらか。こせつかずに、あるがままなすがままな精神は、俺の信条と一致するところがあって気に入っている。

 ああ、ケセラセラ。


「まあ、もう何回も来ているから。めざとく見物するべきものもないが──」


 言葉の通り、この場所へは初めての来訪ではない。自然と歩む速さはのんびりとしたものになる。とはいえ、前回の訪問より少しも変わった点がないというわけもなく、身知らぬ場所や記憶違いな場所を探し出しては、えつに入りながら観光を楽しんでいた。

 そしてもう一つ、ここへと足を運んだ理由がある。


「お姉さん、梅ヶ枝餅を五つください」


 参道沿いに連なる商店の一つにて、香ばしくもいい匂いをさせる商品を購入する。明らかに上機嫌な店員さんからそれを受け取ると、一つ、そのままかじってみる。口の中にあんこの味と、香ばしい餅の香りが広がった。あと舌先を火傷した。毎度ながら注意しているはずなのだが。

 

 太宰府名物のこの菓子の名は「梅ヶ枝餅うめがえもち」という。すごく簡単に説明すると焼いたあんころ餅だが、非常に気に入っている。


 俺の旅の目的地は京都であるが、その途中には多くの地方都市がある。そこには様々な見どころが存在しているが、しらみ潰しに訪れるとなると金も時間も足りやしない。

 ではどうしたものか?

 考えて出した答えとしては「食い道楽」である。

 各地の名所観光は、またの機会にまわすとして、今回は「食」を中心に各地を回ろうと企画していた。

 その第一歩が、この梅ヶ枝餅というわけだった。


 餅であるから腹もちはいいものの、所謂いわゆるおやつだ。

 だから腹が空く前に次の食糧を求めて旅に出る。

 気分はそう、餌を求めて移動するサバンナのハイエナだ。


 そうして観光もそこそこに、車へと戻ると移動を開始する。

 向かうは博多駅である。

 食を求めるにあたっては、拠点駅へと向かえば大抵なんとかなるもんなのだ。

 途中、車線が多くある大きな道を通る。

 ふと、道路脇にて段ボール紙を振っている二人組を発見した。

 その紙にはデカデカと『東京』の文字が書かれている。


「ヒッチハイクか、久しぶりに見たな」


 ヒッチハイクといえば、人の車に便乗する旅行方法のことである。手段として広く一般に周知されている概念ではあるが、実際に経験があるものは少数派だろう。なにせ、身の危険がないわけではないのだから。

 渡る世間に鬼はなしとは言ったものの、ときに鬼よりも人の方が厄介なことだってある。何が起きても、助けてくれる人はいない。


 大事なこととして述べておく。

 ヒッチハイクは、自己責任だ。


 例え、誰かからすすめられて始めた行為だとしても、インターネットで誰かの経験談を見て、危険性は低いと判断したのだとしても。何か問題が起きればそれは自身の責任である。

 他の誰かが大丈夫って言ったから、なんて理屈は通じない世界である。もし、ヒッチハイクに興味が出てきた人がいるのであれば、そこだけは重々承知の上で、挑戦してみてもらいたい。

 まあつまり、バンジージャンプを飛ぶ前に書かされる「死んでも文句言わないでね」という書類を書いたつもりでいてねって話だ。あれを書くのは、何度やっても慣れる気がしない。


 と、ここまで否定的なことばかりを述べたが、俺自身は否定派でも肯定派でもない。リスクばかりがあるわけではないからだ。その旅の特殊性から、多くの魅力的な体験があることは否めない。

 ただまあちょっと、その魅力に取り憑かれたものは、頭がゆるくなっているかもしれない。そう思うときはある。


 だからこそ、賢い者は受け流す。

 君子危うきに近寄らず、安全安心快適な旅を望むものにとっては、不安要素なんぞ抱え込むべきではないのだ。


「大阪まで行くけど、どうする?」


 停車した俺は、開口一番にそう尋ねた。

 うんまあ、俺は君子でも賢者でもない、ただの旅人バカものだから。これでいいのだ。

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