馬鹿三人で歌った日──博多、広島、大阪を経由して

第27話 スタンドバイミー(道中の青年視点)

 僕が話を終えると、車内はただ沈黙に包まれていた。

 当たり前だろう。

 あのような話を聞かされて、「それじゃあ面白い話でもしよっかー」と切り替えるには、相当な胆力たんりょくがいる。

 それほどに重たい話だった。

 

 いつもなら率先そっせんして場をメチャクチャにしようとする後部座席の伊藤バカも。運転席にてハンドルを握る、冷静に見えるようで実は破茶滅茶はちゃめちゃ佐藤おバカさんも。ジッと黙り込んでは口を開かなった。

 なんだか申し訳なく思い、それと同時に孤独を感じた。

 

 僕の気持ちなんて誰も理解できっこない。

 

 そんな風に考えることでしか立っている場所を見出せないおのれが、どうしようもなく情けなかった。

 いったい、僕はどうすればいいのだろう。

 これから自分を待ち構えているであろう苦難を想像して、身が震える。

 

 後ろの伊藤であるなら、きっと彼女のことを完膚かんぷなきまでに追い詰めるだろう。「裏切り者には制裁っしょ」と、笑いながらに生き地獄を見せるはずだ。実際に彼はそれを実行して、ここにいる。普通なら後悔しそうなものだが、それを見せずにバカをさらす。そんな彼にはある種の尊敬を覚える。

 運転席の佐藤さんなら、きっと彼女を許すのだろうか。相手にも事情というものがあると理解して、「彼女のことを愛して愛して、愛しぬこうと決めたら、そうなった」と、自らの煩悩ぼんのうを徹底的に排してアガペーに生きている。はっきり言って畏怖いふを覚える。人の所業ではない。前世が即身仏そくしんぶつか何かに違いない。


 僕はそんな突き抜けた二人のようには振る舞えなかった。

 一人の矮小わいしょうな男として、嘆き悲しむ。

 ただ、それだけ。

 それでも、そんなチッポケな思いに突き動かされてここまできた。何か、どうしても譲れない矜持きょうじを持って、この旅を続けてきたのだ。

 その思いが、伊藤のような男のプライドであるのか、それとも佐藤さんのような女への慈愛であるのかは分からない。その答えを見出せない自分には、彼女と対面したところで何も上手くいかないに違いない。

 そんな恐怖心ばかりがつのっていく。


 カタカタと、足が震えているのにはとっくに気がついてた。


 そのようにして、車内の空気がよどみきろうとしたとき。

 佐藤さんがおもむろに車の機器を操作し始めた。

 カーオーディオだ。

 すると聞こえてくるのは特徴的なベース音、なんの曲かはすぐに分かった。かつて聞いた往年の名曲だった。


「──ウェンザナイッ!」


 びくりとする。

 後方から奇声が聞こえたかと思えば、伊藤が大声で歌い始めたからだ。彼はそのまま、調子外れの歌声に恥じ入ることもなく歌い続ける。

 いったい、なんなんだ。

 そう思って、困惑の感情を共有しようと運転席を見る。


「──ノーアイウォンッ!」


 しかし、そんな期待は裏切られる。

 こちらも同様に調子外れの大声で歌い始めたからだ。

 そのまましばらく二人バカどもの歌声を聞く時間が続いた。


 ──なんだかアホらしくなってきた。


 今この車の中で、まじめな顔をして落ち込んでいるのは僕一人だけだ。

 どうしてか?

 知らないよ。なんか悲しくなったんだよ。

 彼女にどんな顔をして会えばいいか分からない?

 そんなもん会ったときの気持ちに従えばいいじゃないか、今の僕が考える必要なんかない。ケセラセラ、そうケセラセラだ。僕は教えてもらった魔法の言葉をつぶやいて、顔を上げた。

 二人がこちらを見ていた。

 言いたいことはわかっていた。

 お前も歌え。

 彼らの目は、言外にそのように語っていた。


 僕は、気分を切り替えて口を開く。

 ちょうど、曲は盛り上がりどころだ。

 錆びついて動かなくなっていた表情筋を無理矢理に稼動させたものだから、出だしにつまずいたがなんとか声を出す。


「ォウダーリンッダーリンッ──」


 二人と同様に調子が外れていた。

 今更ながらに気がついたが、僕は泣いていた。

 ポロポロと流れる涙をぬぐわずに、顔をグシャグシャにしながらも、それでも高らかに歌い続けた。

 そんな己の姿こそは、紛れもないバカヤロウだ。


 やがて車には、野太い野郎どもの合唱に満ち溢れる。

 臆面おくめんもなく、ただ馬鹿みたいに騒ぎ続けていた。

 それは曲が終わるまで、続いた。

 

 アウトロも霧散して静寂が戻った車内で僕は、泣いた。

 ボロボロとみっともなく泣き崩れた。

 そんな僕の肩をポンと、軽く叩く人がいた。

 佐藤さんだ。

 そんな何気ない心配りが頼もしかった。

 後部座席から「ふうー!」という意味のない奇声と共に頭を叩いてくる伊藤もいた。

 そんなうざったい気遣いも今なら許せた。


 本当に、この二人と旅ができて良かった。

 自分一人であったなら、とっくの昔にペチャンコだったろう。

 こんなに大きな不安でも、三人であったからこそ耐えられた。

 旅が終わるとそれぞれ元いる場所に戻ってしまうとしても。それでも彼らはかけがえのない友人だった。

 

 きっと僕はこの短い旅を、この先ずっと覚えている。

 例え旅の先に、どうしようもない絶望が待ち構えていても、それを以て地獄に叩き落とされてしまうとしても、それでもきっと誇らしげに語れる日が来る。

 旅をして良かった、と。

 ただ馬鹿三人で集まって、各地で騒いだだけのこの旅路を。

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