第23話 自転車に乗れた日① 【改稿済み】
ガレージを出る際にはまだパラパラと厄介な
「あと少しもすれば、夕日が見えるかもな」
誰にともなくつぶやいて空を見ると、徐々に明るくなっていく。すでに正午は過ぎ去って、もう少しすれば夕刻といえる時間だ。だというのに
視線を平行へと戻すと、目前には一本道がある。
俺たちは今、道路の上にいた。
山上の家を出て、峰を登るようにさらに標高の高い場所へと、そうしてようやく辿り着いた一直線のコンクリートロード。峰々を繋ぐ、
ふと横へと顔を向ける。
「すごいな。街が一望できるし、海まで見えるぞ──」
遠くには湾岸があり、その手前には長崎の街が広がっている。
まさか
「確かに景色はいいけど、それだけだよ。観光客用にもっと
「だからこそ、誰も知らない
「本当にそんな自転車を
そう言い合いながら、二人して俺の肩に掲げられている物体を見る。簡易に
俺が修理を
それをそのまま持ち出してきたのだ。
確かに彼女が言うように、山道を自転車一台を担いでやってきた労力は半端なモノではなかった。思い返すと少々ゲンナリとする。もう二度とはしたくないと思うので、田中ちゃんには今日中に
そのようにして、俺は心を鬼へと変えた。
「それじゃあ、ここからは地獄の一丁目だ。厳しくいくから覚悟するように」
「はーい」
俺の宣言に、間伸びした声が返ってくる。
何をするのかといえば、自転車の乗車訓練である。
自転車に乗ったことがないという彼女に対して、その運転方法を指導するため、俺たち二人はこのような場所までやってきたのだ。
自転車を組み立て直すと、まずは一度、お手本を見せることになる。
俺は自転車に乗るとスイっと車体を進ませた。なんのことはない、サドルに
田中ちゃんが俺から自転車を受け取って、サドルへと座る。すると彼女は開口一番にはっきりと宣言した。
「え、いや。これ無理」
「なんで?」
「怖すぎる」
何が怖いことがあるのかと疑問に思うが、とうの彼女はただ青い顔をして眼前の一本道を見つめている。片足をしっかりと地面につけてプルプルと震える姿は実に
「そこはほれ、思い切りよくだ」
「いやいやいやいや。なんでこんな細い車輪に、全体重あずけられるのっ。意味わかんないよっ。ポキっと折れたりしないこれ!?」
「なるほど、怖いのはそこか。そんな心配はしたことなかったな──修理したばっかりだし、そこまで劣化してる
「なんかぐらぐらするしっ、こちとらサーカス団のクマじゃないんだよっ」
「似たようなもんじゃない?」
「なんて!?」
動物の尾っぽのように揺れる、田中ちゃんの結い直した髪を見ていると、つい失言してしまった。
鬼の指導もなんだかグダグダとし始めてしまった。
「クマが乗っても大丈夫な乗り物なんだから、コグマちゃんが乗ってもびくともしないの」
「コグマっ!?」
「コグマは可愛いでしょうが。ペダルを漕ぐのはまだいいから、両足を離すことだけ考えて、傾斜を使ってバランスをとって──」
アレコレと口で説明してもどうにも上手くいかなかった。田中ちゃんはコツがつかめないようで、
「ほれ、倒れないように持ってるからさ」
自転車後方に備えられた荷台をつかんでやる。両手でがっしりと固定すると車体はびくともしないように安定した。その状態のまま両足を離してみろと伝えると、彼女は恐る恐るとだが足を上げた。
「絶対に、絶対に離さないでねっ」
「絶対か──それはどういう意味で?」
「言葉通りの意味だよっ!」
「つまり……どっちだ?」
「どっちとかじゃなぁい!!」
今はまだ、前に進ませたりはしない。とにかく彼女には二輪だけでバランスをとることだけ覚えてもらう。
ギャアギャアと騒ぎながらも、練習は順調に進んでいく。
「あっ田中ちゃん、目はつぶるなっ」
「いや佐藤さん、何言ってるの。ちゃんと開けてるよ」
「うっすら
順調に進んでいく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます