第21話 独白②(長崎の少女視点)【改稿済み】

 彼は話してみると、案外と気さくな人間だった。

 冗談じょうだんも平気で言うし、おどけて馬鹿を見せるときもある。話せば話すほどにひょうきんな一面が見えてきた。けれど嫌な感じはしない。確かに、彼に対する人物評じんぶつひょうを色々と修正させられる出来事はあったが、それでも彼の本質が変わったわけではない。

 

 彼の寂しげな眼の色が変わることはなかった。

 だから最初に感じた印象がくつがえることはない。


 どんなに馬鹿なことを口走ろうとも、うっかりドジを踏んだとしても、それは彼のもつ新たな一面が見つかっただけのことだった。世の中には矛盾したような性質をあわせ持つ人だっている。陽気な人間だからといって、親の死に目にすら笑う必要なんてない。短気な釣り人だっているのだから。


 二人で食卓を囲んだ次の日。

 私は長崎の街を案内するために、彼を迎えに行く。山上にある家までえっちらおっちら。慣れた石段を難なく登り切ると、そこに彼がいた。なにやら、おじいちゃんの家を仰ぐようにしてマジマジと眺めている。気になって尋ねてみると、この古民家のことが知りたいようだった。

 少しだけ複雑な気分になる。

 もしかしたら、この家は私が受けぐことになるかもしれないのだ。

 ただの一軒家いっけんやといえばその通りではあるが、それでも代々受け継いできた古い家だ。祖父母も両親も何も言わないが、きっと誰かに継いでいってもらいたいと思っているだろう。そしてお姉ちゃんはすでに県外にとついでしまっている。対して私は将来のことなんて何も決まっていない。『外』の世界に強い憧れを抱いているわけでもない。受け継ぐ対象として、私は順当であった。

 べつに嫌なわけではない。この家にも愛着がある。継げるのであれば、それは名誉なことだとも思う。

 けれどだ。

 この家をもらい受けると宣言した瞬間に、私の人生は決まってしまうのではないか。もしかしたら、無限に広がっているかも知れない将来をふいにしてしまうのではないか。そんな『恐れ』のようなものが確かにあった。

 

 ただなんとなく好きなだけの、この家と長崎のまち


 そんな『内』の世界だけをの全てとして、『外』の大海を知らずに生きていく。成しげたいことがあるわけでもない。まだ見ぬなにかしらを目にする機会もない。そんな人生。

 繰り返すが、別に嫌なわけじゃない。

 ただ、それが本当に正しい道なのかと不安になるだけだ。


 これはいけないと、首を振る。

 思考が暗い方法へと向かっていた。それなので、ことさらに声を張り上げて元気を出してみる。から元気だとて演じていれば本当になるはずだ。

 そして実際に楽しかった。

 長崎の様々な場所へと彼と連れ立っていくが、その先々さきざきで彼ははしゃいだ姿を見せてくれる。ときに興味深そうに目を輝かせたかと思えば、まるで少年のように顔をほころばせるのだ。これほどに観光案内のしがいがある人はいないだろう。

 不思議なものだ。

 彼の旅に同行しているだけで、見慣れた長崎の街が見知らぬ外国であるように思えた。まるで、彼がその眼をとおして見ている世界を、私も一緒になってのぞいている気分になった。きっと彼の見る『外』の世界とは、こんなにも輝いた場所に違いない。そんな妄想もうそうをしてしまうほどに楽しい時間だった。


 そしてお腹も空いて、長崎名物を食べに行く話の流れになる。彼はちゃんぽんを食べたいと言った。それなので、私のオススメ店へと連れて行くことになる。

 昨晩の夕餉ゆうげで感じた緊張を再び感じることになった。

 実のところ、その店というのは世間の評価では『普通』だと判断されている店だった。わかっていない観光客が時折ときおりに『想像した味ではなかった』とSNSなどで低評価を連発するせいだ。私は「味の違いもよくわからないミーハーどもが」と、ついそんないきどおりを覚えてしまう。確かに味に特徴的なインパクトこそないが、この滋味じみ抽出ちゅうしゅつするためにどれほどの手間がかけられていると思っているのか。自分でも同じ味を再現しようとして失敗したからこそ分かる。私はこんな丁寧ていねいな仕事こそが好きだった。

 けれど私と同じ気持ちを彼が持ってくれるかは分からない。不味いと言われることはないだろうが「微妙だ」なんて感想を持たれたら、私はしょぼけてしまう自信がある。彼をその店へと連れていくのを尻込みするのも、そんなところが原因にあった。

 しかし、そんな心配は杞憂きゆうに終わった。

 彼は「美味しい」と言ってくれた。

 私は口元がニヤけるのを抑えられなくなる。

 ただただ単純に、同じものを好きだと感じれるのが嬉しいと思えた。


 ふと、ちゃんぽんの器を両手で抱えながら、突飛とっぴな妄想が頭をよぎる。彼と共にこの街で暮らして行けたのなら、『外』の世界のことを知る必要なんてないんじゃなかろうか。


 ずっとずっと、この街で。あの家で。彼とふたりで──


 そんな夢想が溢れてきてしまい、慌てて首を振った。

 それはしてはいけない妄想だった。

 あまり夢中になってしまうと、私は彼を困らせる嫌な女になってしまう。彼にそんな風に思われるのだけは、どうしても嫌だった。拒絶されるのが何よりも恐ろしかった。

 私は取りつくろうようにして、ちゃんぽんのスープをすする。


 そんなこんなにしながらの、数日が過ぎた。

 私たちは長崎の様々な場所を巡っていき、さんざんに遊び倒した。ひょっとすると、彼よりも私の方がはしゃいでいるふしがあるほどだった。

 

 ある日の朝。自宅にて私が浮かれて出かけようとすると、両親から呼び止められる。「一度、こちらの家へと招いて食事を一緒にしよう」と提案された。それは良い考えだと肯定する。勝手知ったる自分の家であれば、彼を十二分じゅうにぶんにもてなすことができる。そのように奮起ふんきしていると、お姉ちゃんのニマニマとした顔に気がついた。しゃくさわるがそのままにしていると、自らが義兄おにいさんをどのように籠絡ろうらくしたのかを語り出した。

 私は嘆息をついて「ちょっと待て」と釘を打つ。

 彼には既にお付き合いしている人がいるのだ。

 そう説明する。

 すると、家族の反応は様々であった。拍子抜ひょうしぬけしたような姉や祖母がいて、露骨にホッとした様子を見せる父。意外だったのは「そうか、残念だな」と一言つぶやいたおじいちゃんの姿だった。

 そこで私は猛烈もうれつな恥ずかしさを覚える。よくよく考えてみれば、私の態度たいどから家族はそのように受け取っていたのだ。私はたまれなくなり「違うからっ」と言いすてて家を出る。そうして彼のもとにたどり着くと、両親からの提案を説明した。彼は恐縮そうに身を縮こませながらも承諾してくれた。


 そうして我が家にて、彼との食事会が行われたのだ。

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