第17話 自転車を見つけた【改稿済み】

 その日は、強雨が屋根を叩く音で目が覚める。

 窓をのぞくと、滝のような雨が降っていた。

 本日の空模様そらもようというのはあらかじめ分かっていた。昨日に見た天気予報の通りだ。だから今日の観光はお休みである。こんな土砂降りの中で無理をしたところで、得られる満足というのもたかが知れている。


「さて、今日はのんびりいきますかね」


 長崎の地を訪れてから、すでに幾日いくにちっている。

 ここ数日の観光によって、すでに長崎のめぼしい場所には足を運んでいたし、今日はこれからの旅行計画を整理する日と決めた。残る見所みどころはどこか、長崎をたつ日はいつにするのか、次の目的地はどちらか。考えることはいくらでもある。そのような諸々もろもろを、腰を据えて取り組むのもまた旅の一興いっきょうである。


 間借りしている田中家の客間で、一人。

 ざあざあという雨の音とコツコツとした時計の音を聞きながら、黙々と作業を進める。するとかべにかけられた柱時計はしらどけいが大きくボーンと鳴る、どうやら正午になったようだ。


「まあ、こんなもんか」


 タブレット型の携帯端末を見つめてつぶやく。そこには、これからの旅行計画とこれまでの予算の帳簿がしるされている。


「宿泊費が今のところゼロ──もしかしたらこれ、この先ちょっとくらいホテルに泊まっても大丈夫じゃないか?」


 今回の旅は、足のおもむくまま無秩序むちつじょな旅をすると定めていた。とはいえ、長崎以外の土地にも訪れるつもりだ。そうなると現段階で出費が抑えられていることは、後々のちのちに大きなアドバンテージとなる。


 田中家の皆さんには、本当に感謝の念に堪えない。

 宿泊の問題を工面くめんしてもらうばかりか、それ以外にも、多大なるご厚意をいただいている。

 昨日もまたそうだった。

 田中ちゃんの両親に招かれて、彼らの暮らす家にて、食事会が開かれたのだ。そこで田中家総出での歓待かんたいを受けたばかりだ。


 そこでは様々な会話があった。


 ご両親からは改めて謝礼を伝えられて、「どんどん食ってくれ、飲んでくれ」と手厚くもてなされてしまった。次から次へと給仕される豪華な料理たちは美味であり、田中家の食事情は本当に高レベルだと再認識することになる。

 田中ちゃんの祖父母である老夫婦とは、旅行の話で盛り上がる。俺の旅行譚りょこうたんを二人とも興味深く聞いてくれた。どうやら聞いているうちに、自分達も世界へと飛び出す気概きがいを持ったらしい。長期的な旅行計画をたてる二人の姿は活気に溢れていて、俺も何だか熱中してしまい、まるで道中をともにするかの様に話し込んでしまった。

 田中ちゃんのお姉さんは自由奔放じゆうほんぽうな女性だった。身重みおもの体で家の中を所狭ところせましと動きまわっており、最終的には周囲から「おとなしくしていろ」と、俺と一緒にお客様席へと押し込まれてしまう始末だ。そして暇になったのか「どう? 私の妹、超かわいいでしょう」とからんでくる。カラリとした気持ちよい笑みだった。もちろん、彼女の問いには全面的に同意する。素知らぬふりをしつつ耳を真っ赤にしながら台所に立つ田中ちゃんを、二人でニヤニヤしながら見物していると妙な連帯感が生まれた。

 彼女の旦那さんにも、そこで初めてお会いした。こちらも会うなりに熱烈な感謝を伝えられる。生まれてくる子供の名前までつけてくれと嘆願されてしまったが、丁重ていちょうにお断りした。是非とも、パパの手で良い名前をつけてもらいたいものである。


 そんなふうに、楽しくにぎやかな食事会であった。思い出しながらに、昼食としてコンビニのサンドイッチを頬張ほおばると、昨日とは比べるべくもない味がする。


「あれ? そういえば、昨日は田中ちゃんと話せてないな」 


 モシャモシャしながらに、ふと思う。

 思い起こしてみると、彼女とだけ楽しい時間を過ごした記憶がない。一切の会話をしなかったなんてことはないが、それでも印象に残るやりとりをした覚えがないのだ。彼女は食事会の最中、おもだって台所に立ち、調理に専念していた気がする。


「まあ、まだもう少しはお世話になるからな」


 それまでに、彼女とは有意義な交流ができるだろう。


 そうしてそのまま、午後からは何をするべきかを考える。先の旅行計画も、ひとまずの区切りがついたために手持ちぶさたになった。

 アレコレ考え込むこと、しばらく。

 ここは一つ、田中家の方達へお礼になることをしたいと思いたつ。彼らからすれば、当然の気持ちを示しただけだから気にしないでくれと思うだろう。しかしほどこしを受けたからには誠意くらいは返したいと思う。


 そうと決めたら、何かないかと家の中を散策さんさくすることにした。

 居間を見わたして、客間の中を探して、物置をのぞいてまわる。老夫婦の私室はさすがに遠慮したが、特にこれといったモノは発見できなかった。すると玄関の外、庭の先に、納屋なやと呼ぶには大きな建物があることに気づく。いわゆるガレージというものだった。傘をさして外に出て、中を覗いてみる。奥の方に、なにやら灰色の物体を発見した。砂埃すなぼこりまみれて大きなビニールカバーに覆われているソレは、カバーを剥ぎ取ってみると、いったい何物であったかが判明する。

 ソレは全体的に錆びれており、所々ところどころが破損して、現在では使用できないようだった。ともすれば、粗大ゴミとして廃棄はいきする寸前とも見受けられる。しかしこうして保管しているということは、捨てるにも忍びなく、持て余しているのだろうと予想できた。


 そこで俺は一つの思いつきを得る。

 頭上に白熱電球が灯されたイメージだった。

 

 俺はそのイメージのおもむくまま、携帯電話を取り出して、この家の家主やぬしへと連絡をとった。田中ちゃんの祖父が電話口へと出る。


「あ、田中さんですか、突然にすいません。今よろしいですか……いえ、問題があったとかではないんですが、ガレージの奥にですね──」


 目前にて全容をあらわにしているソレを眺めつつ、尋ねた。


「自転車を見つけたんですが、これ、修理しても大丈夫ですか?」

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