第15話 出島はどこですか?【改稿済み】

 チンチンッと甲高いベルの音を響かせながら、チンチン電車が先を行く。まるで長崎の街は我がものだと言わんばかりの堂々ぶりで、そこのけそこのけと大通りの中央をき分けて進んでいった。

 俺はそんなチンチン電車の勇姿ゆうしを見送りつつ、停留所付近でたたずんでいた。しばらくユラユラと揺れる車内にいたためか、不動な大地が心強い。

 隣へと尋ねる。


「田中ちゃん、それで出島でじまはどこですか?」

「ここだけど」


 俺の質問は、大地を指して返答された。

 つられて俺の視線も地面へと向けられたが、はて? なんら変哲もない市街地の地面である。

 周囲を見渡してみても完全に陸地続きの大地なのだ。学校の教科書で見たような、海にせり出た扇型おうぎがたの島なんてどこにも見当たらない。建物のカゲに隠れて姿が見えないだけかとも考えたが、島を丸々一つ覆い隠せるような巨大な建造物なんて見当たらない。


「とっくに埋め立てられてるよ」

「まじか」


 衝撃の事実だ。そうか……もうないのか出島。


 ふと、時間が流れゆきないがしろにされる歴史的建造物の悲哀なんてものをシミジミ感じてしまうが、それもそうかとあきらめがついた。何事も諸行無常しょぎょうむじょうだ。いつまでもあると思うな文化遺産。いつかはぶっ壊れるのが物事の宿命というものである。


「けど近いうちに島の形へと復元するみたいだから、現在進行中でちょこちょこ元に戻ってるよ。ほらあっち、あそこから出島の中に入れるから」

「あ、そうなんだ」


 田中ちゃんの言葉にホッと安堵あんどする。どうやら旅をする際にはよくある、観光地にて不意にガッカリする体験は回避できるようであった。

 俺は、ウキウキと先を行く彼女の後を追った。



 ところ変わって、やってきたのは繁華街はんかがいだ。

 長崎の街において繁華街といえばアーケード街になるようで、長い通路に多くの人がにぎわう商店街を、地元じもとの名産品などのぞき見しながらに散策する。


「お土産みやげに最適な食べ物って何かある?」

「普通に言ったら──カステラかな」

「なるほど、それはいい──が」


 言葉に含みをもたせた田中ちゃんを追求する。


「その言い草だったら、普通に言わないやつがあるとみた」

「ふう……佐藤さん、好奇心は猫を殺すよ」

「危険は承知の上さ」


 二人して意味深長いみしんちょうなやりとりをしているが、別に危険なんてない。ただちょっとしたじゃれあいである。


「それじゃあ、仕方ない。私のオススメはこれだ」


 田中ちゃんは商店街の適当な店舗へとおもむき、一つの商品を掲げて見せる。それは袋詰めされた、お菓子の袋だった。茶色をしたそのお菓子は奇妙な形をしていて、なんというかネジネジしていた。


「なにこれ、遺伝子の塩基配列えんきはいれつかなにか?」

「よりより」

「……より?」

「よりより」


 二回にわたり断言されるも、よくわからない。

 そういうお菓子なのだろう。

 けれど気になるのはパッケージに「よりより」なんて言葉がないことである。なにやら読みにくい商品名が記載されているが、パッと読みが出てこない。それを尋ねてみると「あれだよ、今川焼きなのか回転焼きなのか大判焼きなのか、ってのと同じだよ」と答えられる。わかるようでわからない。


「つまりこのお菓子は?」

「よりより」


 物は試しに試食品をつまんでみると、なるほど美味しかった。

 固くてポリポリとした食感はクセになりそうだ。



 アーケード街から少し足を伸ばして、観光地として有名な石橋を見物する。まんまるとしたアーチと水面による反射によって、まるでメガネのような形をしているその橋は、そのまま眼鏡橋めがねばしという名で親しまれているらしい。しばらくはボンヤリと眺めていたが、段々と妙な愛嬌あいきょうを感じられて面白い。

 そのように観光を楽しんでいると、ふと空腹を感じる。

 腹の虫がクウクウと鳴っていた。

 

「そろそろ昼飯どきかな」

「そっか、それじゃあ佐藤さん。トルコライスとちゃんぽん、どっちがいい?」

「ちゃんぽん」


 田中ちゃんから二択を迫られるも迷いなく答える。

 そのトルコライスなる食べ物は、聞き馴染みもなく好奇心がバシバシと刺激されるところではあった。しかし残念ながら、俺の腹は最初から決まっている。長崎ちゃんぽん。言わずと知れた長崎の街の名物である。本場の味は筆舌ひつぜつにつくしがたいに違いなく、旅が始まってより、楽しみにしていたことの一つだった。


「田中ちゃんのオススメの店なんてある?」

「リン○ーハットかな」

「ちょっと待てぃ」

「なんで、美味しいよ?」

「いや、そうだけど。知ってるけど──知ってるから問題あるというか」


 さすがに現地に来てまで、東京でも知れるチェーン店の味を確かめる気にはなれない。俺が難色なんしょくを示すと、田中ちゃんは「仕方ないな」と言い、その後は黙って俺を連れていく。なんだかちょっと不服そうだ。

 着いた先は一つの中華料理店である。小ぢんまりとした店であまり目立ちはしない、しかし雰囲気を感じる店だ。地元民にこの手の店を紹介されたとなると、いやおうにも期待してしまう。


「先に言っておくけど……文句は言わないでよね。私はここの味が好きってだけなんだから」

「大丈夫だ。田中ちゃんの好きな味が知れただけで、俺は嬉しいよ」


 少々格好をつけてみると「ちぇ。佐藤さんって、余裕ぶってすぐそういうこと言うよね」といじけられてしまう。

 俺もこれまで、意識的に年上のお兄さんムーブをしたりしなかったりしていたが、そろそろメッキが剥がれてきたようだ。これ以上しつこく繰り返すと、ただの勘違い男になるので、キザな台詞はそろそろ厳禁である。

 おだて慣れておらず、耳を真っ赤にする田中ちゃんは愛らしかったので残念だった。

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