第13話 それで、どうなの。彼女なの?【改稿済み】

「お待たせしました」

「いえ、待ったなんてことはないですよ。こちらこそ、すいません。お電話中に部屋に入ったりして──」


 通話を終えて居間へと向かうと、併設へいせつされる台所にて作業をする田中ちゃんを見つける。立派なキッチンで、台所というよりは厨房ちゅうぼうといった規模だ。そんな中を一人で切り盛りしている。

 その様子を見て何もせずボウッと突っ立っていると、自らがいかにも鈍臭どんくさく思えたので「手伝うことはある?」と問うた。すると、「お客さんの手をわずらわせるわけには──」と返される。


「それにお婆ちゃんに怒られちゃう……ますから。今どき『男児厨房に入るべからず』なんて言うと、非難されるかもなんですけど」

「まあ俺も『魚を三枚におろしてくれ』なんて言われても役に立てる自信がないな。米ぐらい炊けるぞってレベルだし──食器とか出しておくけど、適当でいい?」

「それじゃあ、お願いします」


 そのようにして、それぞれの作業を分担することになる。その最中にもポツポツと会話が生まれた。


「そういえば、さっきの用事は何だったの?」

「アレルギーとか確認した方がいいのかなと思って。嫌いな食べ物とかあります?」

「何もない。強いて言うなら、酸っぱいものが苦手だな」

「あー……なるほど。最近、お姉ちゃんが柑橘かんきつかじったりしてて、見てると『うへえ』ってなったから、ちょっとだけ分かります」


 会話のキャッチボールは順調で、どうやら話好きの娘らしい。人見知りのもないようだし、これからしばらくお世話になる身からすれば、コミュニケーションがちゃんと取れることはありがたい。


「しかし……食事まで世話になるとは。本当にありがとう」

「とんでもないっ。姉と、それと姪っ子の命の恩人なんですから、むしろこれぐらいしないとバチが当たります」


 俺が改まって頭を下げると、慌てたようにされる。


「それにほら、家の周りには何もなかったでしょう。ここら辺は外食しようにも、コンビニでお弁当買おうにも下山しなきゃだし」


 田中家の持ち家は長崎の街の上腹部にあった。その分だけ標高が高いので、平地の街並みを見下ろせるのは気分はいいが、代わりに生活のしやすさというものを犠牲にしていた。


「旅人からしたら、景色がいいってだけで値千金あたいせんきんなんだけどな。夕焼けとか綺麗そうだ」

「夕方の景色か……考えたことないですね。生活してみるとそんな感慨かんがいも薄れますよ」

「そんなものかな」


 二人で作業すると、すぐさまに夕餉ゆうげの準備は整う。

 俺の目前には随分ずいぶんとしっかりとした料理が並んでいた。献立こんだては、煮魚とおひたしと味噌汁とご飯。あとは常備菜だろう、佃煮つくだにや高野豆腐などが並べられていた。和食だ。目新めあたらしいとは言いがたいが、家庭の食卓と考えれば十分すぎる。なんというか、地に足がついている。これをとし若い彼女が作ったとなると、色々と感嘆させられるものがある。


「佐藤さんは観光で来ているっていうのに……こんな普通の食事で恥ずかしいです」

「いやいや。こんな豪勢ごうせいな料理を出されて、普通なんて言えるはずない」


 そのまま田中ちゃんに尋ねてみる。


「失礼だけど、君はとしはいくつぐらいなの?」

「今年で高校一年生になりましたけど」

「その歳でこれだけの料理のうでを……ちょちょいと雑な炒め物をつくって『自炊してます』なんて口をきいてた自分が恥ずかしくなる」

「私なんてそんな。お婆ちゃんに仕込まれただけで」

「いや大したもんだよ」

「……そっか」


 俺がたたえると、田中ちゃんは顔をほんのりと赤らませていた。年齢からしても、これまで他人に料理を振る舞うような経験はあまりなかったのだろう。ましてや、そのことに賛辞さんじを受けるなんて無かったに違いない。


「もう腹が減って我慢できそうにない。いただいてもいいかな」

「あっはい、どうぞ」


 二人で食卓につき、柏手かしわでを打つように手を合わせる。


「いただきます」

「いただきます」


 食前の挨拶をして、箸をつける。

 田中ちゃんの料理は絶品だった。

 当然に家庭の味といえば違いがある。そこには「薄味うすあじが好き」「濃い味がこのみ」なんて各々おのおのの主張が生まれるところではあるのだが、彼女の調理はそれ以前に丁寧ていねいだった。下拵したごしらえから丹精たんせいに味付けしているからには薄味だろうと「素材の味しかしない」なんて事態にはならないし、雑味ざつみを入念に取り除いていれば味が強かろうとも「エグにむせかえる」こともない。とても安心できる味だった。

 俺は煮魚の身をほぐして、白い米と一緒に口の中にかっこむ。そのままもぐもぐとみしめた後に、おわんに手を伸ばして味噌汁を飲み込む。思わず「はふぅ」と声に出してしまった。


「うん、美味うまい」

「ありがとうございます」


 その後は、カチャカチャと食事の音が響くばかりだった。カチャカチャと「あ、醤油とってくれる?」「はい」「ありがとう」カチャカチャと──


 何故なぜだ、急に気まずくなった。


 理由はまあ色々とある。

 これまでは互いに顔をつき合わせずに、かつ、作業をしつつだったからこそ会話がスムーズに進んでいたのだ。対面して食事するとなると、出会って間もない他人である俺たちには難易度が高い。仕方ないことと言えば、仕方ない。

 二人ともジッと黙り込んでしまい、咀嚼音そしゃくおんばかりが聞こえる。

 田中ちゃんも同様の思いを持ったのだろう、やや唐突にだが質問がくる。


「さっきの電話、彼女さんだったりするの……んですか?」


 思わず苦笑した。これまでも何度かあったが、言葉づかいが変だ。

 おそらくだが、彼女は敬語が苦手な娘というわけではない。きっと、ん切りがつかず中途半端な言葉づかいになっているだけだろう。彼女からしたら俺はちょいと年上のお兄さんである。彼女の内心ないしんは「背伸びして、フレンドリーな話をしてみたいな」といった好奇心だと予想してみる。

 そうなると、俺が取るべき対応は一つだけだ。


「よかったら、もうちょっとくだけた感じで会話してみようか?」

「いいの?」

「ああ、そうすれば多少はこの空気もマシになるかもしれん」

「そうかも」


 おどけたように言えば、彼女は嬉しそうに答えた。

 本当に楽しそうで、そんなにあどけない笑顔を見せられると、こちらも嬉しくなってしまう。彼女はきっと、かよう学校において人気者に違いない。そんな魅力のある女の子だった。


「それで、どうなの。彼女なの?」

「そうだけど」

「ふ〜ん」


 ニヤニヤとした笑顔を見せてくる彼女に「め話でも聞く?」と尋ねると「面倒臭そうだからいいや」と返された。

 そのようにして旅先での出会いはなごやかに過ぎていく。

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