第11話 鈴木とは違うんです【改稿済み】
俺が命を救った女性というのは、いいところのお嬢さんであったようだ。
彼らは名を田中と言った。
長崎の街に住む、変哲ない一家だという。
俺はお孫さんに礼をさせるから待っていてほしいと言われていた。彼女は現在、両親と共に別室で点滴を受けている。急ぐ旅ではないのでこれを
そういう経緯により、病院内にある談話スペースへと場所を移してコーヒーををいただきながら、この度の騒動について事情を聞いてみた。
まずは当のお孫さんが
県外に
そんなこんなが積み重なり、ついには
彼女は気晴らしと
そういう始末であるらしい。
「あの娘は、後できつくお説教です」
そう言って笑う奥方の目が一番怖かった。
俺には苦笑することしかできない。
ふと、話の最中で一人だけ沈鬱そうに黙り込んでいる者がいることに気づく。田中家のもう一人の孫娘。おそらく、妹さんらしき少女だ。
彼女はずっと黙り込んでいた。その様子はどこか、何かを恐れているようにも見える。気になりはするが、どのように話しかけるべきかが分からない。そのように言葉を選んでいると、
「放浪の旅、と。いいですな、青春ですな」
俺が旅の目的を語ると、田中さんがそのように評した。
さすがに彼女と親友が不貞を働いた
俺の話を楽しそうに聞いていた田中さんは、地元のどこそこが見応えあると情報を教えてくれつつ「何か困っていることはないか?」と尋ねてきた。
「実は──」
俺は自らのバックパックを示す。
路面電車との接触で大きく破れてしまっていた。おかげで俺自身は
そうなると、宿泊事情というものがシビアになってくる。
「どこか飛び込みできる宿泊先をご存じないでしょうか? その、恥ずかしながら価格最優先で」
「ふむ」
俺が問うと、田中さんは奥方とアレコレと相談しはじめた。
二人ともやけに真面目な顔をして話し合ってくれている。
その真剣な様子に、これは期待できる返答があるかなと
「佐藤さんは、長崎にどれくらい滞在する予定なのですかな?」
「そうですね……長くても一週間ぐらいかなと考えています」
「なるほど。実は先ほど話したとおり、私ども夫婦は今、娘夫婦の家に厄介になっている身の上でしてな。長いこと自らの持ち家を空けているのです」
「はい」
唐突な話の展開に、うん、どういうこと? と首をひねる。
彼らの家事情と俺の宿泊事情がどう関係するのかが
「いわば空き家を持て余しとるような状況ですので、よければ使ってやってください。もちろんお代なんていただきませんから」
「えっ!? いや、それはさすがに──」
会って間もない人物に持ち家を好き勝手させるというのは、それは豪気に
そういう不安もあり「お気持ちは嬉しいですが──」と、やんわりと辞退しようとする。だが俺の言葉を
「確かにそうですな。いきなり、よそのお宅に一人で放り込まれたとなれば勝手も分からぬでしょうし、色々と不安なことも出てくるでしょう」
「ええ」
どうやら無茶を言っていることを悟ってくれたらしく、ほっと安堵する。純粋な善意からの申し出であろうが、センシティブな事柄である。後々にどんなトラブルが
「でしたら、この娘に色々とお世話させましょう。
と思ったならば、それまで
って、問題が増えとる。
おかしい、田中さんは孫娘が大事じゃないのだろうか。先ほど土下座しながらに見せた男泣きは嘘だったというのか。それとも、俺という男は絶対に誠実をつらぬくと過分な信頼でも得てしまったのだろうか。みくびってもらっては困る。俺としても健全な男子大学生であるからには、それなりに
ほれ見ろ、妹さんも困惑しきった目でこちらを見てきているぞ。
俺は混乱している。
「ちょうどこの子も学校が長期休暇中ですからな。観光案内でもさせましょう」
「それは、大変ありがたい申し出ではあるんですが──」
観光案内であるなら素直にお願いしたいところだ。
というかそれだけでいい。
そんな俺の心情を
「──では他に宿が見つからなければ、お願いしたいと思います」
最終的には、言葉を濁すことで話がつく。
それと同時に、絶対に宿を探し出さねばならんと奮起することになる。
このミッションには妹さんの
そのように変なテンションをもって宿探しに奮闘した。
だがしかし、なんの因果かどうしても宿は見つからなかった。
最後の砦、ラブホテルですら満室であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます