第5話 俺にとって、君は──

 ようやく彼女の本音を聞き出すと、そこはお花畑であった。

 再度ふざけたような物言いをして、本当に申し訳ないが、俺も混乱している。

 ちなみに前述の言葉は決して高橋には伝えてはいけない。

 包丁で刺されてしまう。

 人間には、思ったとしても口に出してはいけないことがたくさんあるのだ。


 しかし高橋は色々と煮詰まっている状態にあるようだ。

 言うて、俺たちもギリギリ十代であるし、思春期だ。あのような思考も仕方ないことであり、変ではないと理解している。


 変ではないが、健全であると言い難い高橋に、いったいどんな言葉をかけるべきか思考する。大半は彼女の内面の問題が原因であるが、その要因の一つとして俺の性質というのが関係している。

 どうやら、俺の諦念ていねん主義が彼女を不安にさせているようだった。自分でも自覚している。俺はあまり世俗というものが好きな方ではない。だからこそ過度な期待はしないし、あるがままなるがままを尊ぶ傾向がある。色即是空しきそくぜくう空即是色くうそくぜしき、なむなむ。

 とまあ、しばらく現実逃避をしたところで真面目に考える。

 

 高橋はその口で、俺が不甲斐ないからこそ不貞を働いたのだと、そう言った。

 ここで「は、逆ギレ、俺のせいかよ?」と言うのは簡単であるが、それはまあ、やめておこう。彼女は確かにそう口にしたが、言いたかったことはそうではないのだ。

 俺は考える、考える。よく考える。

 世俗は好きではないが、彼女のことは好きだ。大好きだ。

 結局はそれを伝えるしかないとの結論に至る。

 月並みではあるが、愛の言葉こそ人に伝わりやすいものもない。


「高橋、俺はな──」


 精一杯の言葉を考えて、何よりも彼女のために。


「実は高橋が鈴木を選ぶんだったら、それも仕方ないことだと、そう思ってた」

「え」

「そんな考えだから高橋を不安にさせてたんだな、って言われて気づいたよ。そら、そうだよな。そんな自覚が足りないやつ、頼りなく思って当然だ。ごめんな」

 

 俺が頭を下げると、高橋は「違う、違う、そうじゃないの」と力無く首を振っている。うん、まあそうなんだろう。俺も本当に言いたいことは謝罪ではない。だから彼女の言葉にはとりあわず、先を続ける。


「俺も考えたんだが。やっぱり物事に執着するというのは、あまり俺の性に合いそうにない。それでも高橋の話でどうしても訂正しておきたいことがあったから、それだけは伝えたい」


 問いかけるように言うと、高橋は恐る恐るながらもこちらに視線を合わせてくれる。やっぱり人間、目を合わせて会話するというのは大事だ。


「俺が高橋を嫌いになるなんてことは絶対にない」


 俺がそう言うと、高橋が息を呑む。

 構わず続ける。


「寝てる二人を見たときに不快に思ったのは確かだけどな。じゃあ、高橋のことを嫌いになったかと自問してみた。これが全然なんだな。不貞を働かれて、そう考えるんだから、俺も大概たいがいだ。これはもう、何が起ころうとも嫌いになんかなれないと、そう思った」


 俺の言葉を受けて、高橋の肩が震えている。

 ついには顔を下に向け、小さく呻き始める。

 ポタポタと数滴のしずくが落ちていくのが見えたが、それでも俺は話し続ける。


「俺も相当にイカれてる。だからここで宣言しておくことにする。俺は君が好きだ。何があろうとも好きだ。例え、君が俺以外の男に心奪われてしまったとしても、例え、君が俺を騙していて腹に一物いちもつ二物にもつも抱え込んでいたとしても、いつまでも」

「ぅぐ……ぇぐっ、ふぐっ、ううぅ」


 高橋の呻き声は段々と大きくなり、最早えずくように不細工な声を発している。


「前は好きだったけど今はそうじゃないなんて、そんな馬鹿なこと言うもんか。惚れた女は生涯をかけて愛す。それこそが男の甲斐性ってもんだろう。君は俺にとって『特別』なんだ、それだけはどうか分かっておいてくれ」


 ついに高橋は号泣した。

 誰にはばかることなく、ただただ大声をあげて泣いた。

 時折に「ごべんなさい」と聞き取りにくい謝罪を織り交ぜて。

 繰り返し繰り返し、発せられるその言葉に。俺は「うん、わかった。わかっているから」とその都度繰り返した。

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