第3話 ざまをみろは好かん

 俺たち三人というのは、古い付き合いになる。

 そんな長い付き合いだからこそ、鈴木が高橋に惚れていることぐらい、当然のように知っている。そもそも、俺と鈴木というのは高橋をめぐって恋の鞘当さやあてを繰り広げた仲なのだ。彼がどれほどに彼女を好いているかなど知りすぎているほどに知っている。

 間男まおとこ相手に評する言葉ではないかもしれないが、鈴木という男は好青年である。古い馴染みの間では「佐藤と鈴木のどちらが勝つか?」なんて予想が立てられては鈴木が一番人気をかっさらうのが常であったが、結果として俺に軍配が上がった。馴染みの間では今世紀最大のミステリーだと持ちきりの話題になったものだ。今世紀は後80年ぐらいあるのだから、まだ分かんないだろうと言いたい。


 とまあそのような経緯があるものだから二人が不貞を働いたと知っても、ショックではあるが不思議なことでもないなと、妙に納得している自分がいる。自分のことながら冷徹すぎて嫌になる。しかし性格だから仕方ないと割り切っていた。


「佐藤、本当にすまなかった」

「うん、わかった」


 鈴木がもう何度も謝っているのに、深々と頭を下げてくる。

 それを繰り返し受けながらに思う。

 ここで彼のことを、いや彼らのことをなじってやりたい気持ちは当然ある。どれほどに俺が傷ついたのか、分からせるためだけにむごい仕打ちを彼らに課したい、人として自然な気持ちだ。

 ふとその感情に身を任せてもいいんじゃないかと、頭の中で誰かが言った。

 そうなると自分の気持ちが分からなくなってしまい、俺は黙り込む。


「佐藤?」

「ちょっと、待ってくれ。少し考えたい」


 そうして黙考すること幾許いくばくか。

 結論を出す。


「俺はお前たちのことを許したいと思っている」


 いいや許せない。そんな相反した気持ちは確かにあるが、その感情の先にあるものは二人との離別である。金色夜叉こんじきやしゃよろしく彼らを足蹴あしげにしたが最後、決定的な溝ができ、それを埋めたとしても元のようには戻らない。俺は二人には恩がある。それは恋愛沙汰とは別のところ、人として生きるために受けた大きい恩だ。それをまだ返しおわってはいないのに。

 何より、「ざまをみろ」というのは好かんのだ。

 かの有名なハムラビ法典に「目には目を歯には歯を」という一文があるが、それは「目をやられたからといって命まで奪ってはならない」といういましめの言葉だと勝手に思っている。やられたらやり返すのは結構だが、倍返しはいくらなんでもやりすぎだ。

 復讐という大義名分を得た人間の残虐さというのは、ときに目に余るものがある。他人事ならそれでもいいが、いざ自分のこととなると、実行はためらわれた。


 だから俺は、自らの信条をもとに彼らを許すのだ。

 そう自らを説得して、言葉を紡ぐ。


「とはいえ『明日からは普段通りの俺たちな』なんて空々しいことを言っても仕方ない。今日のうちにとことん話し合うぞ。思うところは遠慮せずに言ってくれ、俺に対する不満でもいい。とにかく、何もかも洗いざらい白状しろ」


 俺がそのように茶目っ気を織り交ぜるように雰囲気を改めると「どうして──」と高橋の方から声が上がる。


「どうしてそんな簡単に『許したい』なんて言えるの?」


 その顔は、切羽詰まったように非常に危うい面持ちであった。

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