第2話 嫌いになった?

 呼称がわからないと不便だろうから、ここで紹介をしておく。

 俺の名前は佐藤といい、彼女の名前は高橋、そして親友の名前を鈴木という。

 三人とも大学一年生である、以後お見知りおきを。


「……ごめんなさい」

「ん、わかった。それで詳細を説明してくれるか?」


 彼女である高橋が正座をして頭を垂れる。

 その様子は斬首刑を待つ武士のようでもあり、なんとも潔い姿勢だ。


「佐藤、待ってくれ。彼女は悪くないっ、俺が無理やり──」

「それでも、私が拒みきれなかったのは確かです」

「でもっ」


 ちょっと待ってほしい。このに及んで二人だけでしか通じないような会話をされたら俺が泣いてしまう。漢心おとこごころってもんはガラス細工のように繊細なんだぞと、声を大にして言いたい。

 なんとか事情を聞き出せないかと、アレコレと切り口を変えて高橋に問いかけてみるも「私が悪い」の一点張りだった。仕方ないので鈴木の方へと視線を向けて説明させる。


 要約するとこんな感じである。

 せずして二人きりの状況になってしまったが、鈴木の方が我慢が効かなくなり襲ってしまった。

 かなり乱暴にまとめたが、身も蓋もなく言ってしまえばそんなところだ。

 しかし「これだけは信じてくれ、俺たちはまだやってない……いれてないんだ」なんて言葉をかけられても反応に困るだけだからやめてほしい。いや本当に困るからやめてほしい。考えてもみろ、それで「え、そうなのやったセーフッ」となる男は、はっきり言って気色悪い。かといって嫉妬にもだえる男としては、全く気にならない問題かと言うとそうでもない、悲しいことに。できることならば有耶無耶にしておいて欲しかった。

 とりあえず鈴木に言わせるなら肝心なところは未遂なんだ、ということらしい。だからなんだ、とは思ったが話がこじれるだけかと思い直し、口にはしないでおく。


「それで合ってるか?」

「はい合ってます」


 高橋に確認を取るも、手応えがない。


「さっき話せば分かるって言ったな」

「はい」

「話してくれないと分からない」

「私が鈴木くんを本気で拒絶しなかったのがいけなかったの、本気なら彼を蹴り倒して、警察に通報するぐらいできたはず」

「いやそりゃ難しかろうよ」


 この調子である。できることなら二人それぞれの主張を聞いてから色々と判断したいのだが、これでは難しい。


「何か事情があるんだったら、話して欲しい。俺さ、君がなんの理由もなく、その場の勢いだけで不貞を働く人だとは思ってないんだ。それがどんなに素っ頓狂なことだっていい、スジが通っていないことでもいい。聞かせてくれ」

「──っ」


 俺がそのように言うと、彼女はなにか出てくる言葉を堪えるように、口をつぐんでいた。どうやら予想通り、なにか俺に言いたくないことがあるようだ。


「俺のこと、嫌いになった?」

「──そんなことないっ!」

「そっか、良かった」


 自ずと一番恐れていたことが口をついて出たが、食い気味で否定された。

 心底に安堵した。

 あなたのことがもう好きじゃないの、とでも言われた日には、落ち込みすぎてなにをしでかすか分かったものではない。

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