入眠

 あのホテルを出てから、最寄り駅に着いたのは9時過ぎだった。


 速水とは駅で別れた。

 休日を挟んで、学校で会う約束をして。


 流れで一線を越えてしまったけれど……後悔はない。ホテル代も高校生の財布事情には厳しいものだったけど一切の後悔もない。

 幸せではないけど……重たい拘束から解かれたように体が軽い。



 暗い自転車置き場に来ると今も妹が柱にもたれかかって倒れている幻覚を見る。

 見えないふりをして自転車をこぐ。未だに見つからない妹を病院送りにした不良。怒りではない。恐怖でもない。なんとも言い難い、いろんな感情のブレンドした感情がこみあげてくる。でもそれをぶつけるのは無実の人ではない。

 俺か不良自身が受けるべき罰だと思う。いつかは解決できるだろう、なんて無責任なことは言えないけど難易度だけで言ったら……今日速水に声をかけたよりはマシ。そんな勇気が出てくる。


 ぐちゃぐちゃな感情を思ったまま自転車をこぐともう家に着いてしまった。

 いつもよりも軽く感じる体でドアを開け、元気に「ただいま」という。

「え、おかえり」「お、おかえり」

 返ってくるのは戸惑う母と父の声。俺がこんなに元気よく帰ってくることなんてなかったから戸惑われる。今の俺はそんなことを気にしない。

「美味しそうだね」

 台所で料理をしていた母親に声をかけると「そうでしょ」と驚いた顔をして言われた。

 ……こんなことを言ったのはいつ以来だろうか。


 昨日よりもおいしく感じるご飯を食べて、昨日よりも気持ちよく感じるお風呂に入って、心地のいい状態でベットに入る。

 何を考えるつもりもなかったけど……いろいろなことを考えてしまう。

 今日ほど感情が揺れ動いたのなんていつ以来だろ。多分、中学に入ってからはないから4年ぶりかな…。ものすごく子供っぽかったな。

 感情を動かされた原因は全部、この『大人』な目の所為だな。でも、俺にとってこの感情の動きはいいものなのかは分からないけどこれは心地がいい。


 だんだんと体の感覚がなくなっていく。まどろみに任せて寝入ることにする。

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