知らない人

「ここでいいか。ねぇ、君今5000円持ってる?」

「は?も、持ってるけどなに?」

「ちょっと休憩して行かない?」

『クィ』と顎でホテルを指す。

「いい……けど」

 突然のことに動揺してしまった。

「話するにしても丁度いいでしょ。」

 慣れた様子でホテルに入っていく。遅れないように小走りで自動ドアをくぐる。


 速水の言葉が冷たい。それだけのことをしてきたから当然だと思う。

 でも普通の高校生がホテルに入り慣れてるっていうのは正常ではないと思う。


「どちらか年齢を証明できるものなど持っていますか?」

「はい、これでいいでしょ」

 速水が迷わず財布から取り出したのは免許証。免許証に乗っている顔は速水によく似ている。ただ免許証の名前は『片桐響』となっていた。

 身分詐称。当然のようにやってのける。本当に速水の何も知らなかったんだって理解する。

部屋にたどり着く。俺は当然初めてのホテル。


「とりあえず、シャワー浴びさせて。」

 それだけ言って入り口からすぐのところにある部屋に入っていく。鍵をかけた音はしなかった。

 俺は居場所がなくてベットの前でベットを濡らさないように注意しながら立っている。

 俺にはもう今、俺と一緒にホテルにいる彼女が誰なのかわからない。俺の知り合いの『速水』はこういう所とは縁がない人間だった。

 だから俺は彼女のことを知らない。


 しばらくしてシャワーの音が生々しく聞こえてくる。

「あ、家に連絡しないと」

 衝動的にここまで来てしまったけど……家に連絡しない訳にはいかない。

『友達の家、寄ってから帰るから遅くなる。』

 すぐに既読がついて『気をつけて帰ってきてね』とだけ帰ってくる。


 扉から出てきた速水はここに来た時と同じ服を着ていたけど濡れ具合がマシだった。

「服だけでも絞れば?」

「あ、ああ。そうする」

 速水が示してくれた通り、服を脱いで服の水を絞る。そして服に着いた皺を伸ばし、肌の水を備え付けだったタオルで拭きとって服を着る。俺の思っているよりもマシになる。


「おまたせ。」

「別に待ってない。」

 もう話すことがなくなってお互いに何も話さない、ただ外の雑音と隣の部屋の軋む音が聞こえてくる。

「今日、私は学校に行かなかった。」

 突然、速水が話し始める。

「めんどくさくなってこのあたりをふらついてた。」

「大人になったら世界が変わって、何でも出来ると思ってた。」

「あの泥沼から抜け出す方法を見つけ出せると思ってた。」

「だから早く大人になりたかった。助かりたかった。」

 さっきまでの怖さなんてものは全くなくて、そこにあるのは少しの衝撃ですべて壊れてしまいそうな少女だけだった。


「……でも無理だった。」

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