土砂降り

 コンビニで傘は二本買った。

 周りにいた人には雨になったから不必要な数の傘を買う奇人。もしくははた迷惑なやつに見えただろう。

 けどそんなことは今はどうだっていい。俺が今思うのはついこの間まで俺が馬鹿にしていた速水のことだけ。

 速水以外のことが画面の中を見ているみたいに受動的に過ぎていく。


 ここの駅は凄く大きくて、雨だと絶対に見通せない。俺の大人な目がなければ見通せない。俺の『目』さえあれば見通せる。


 大きな駅には必ずと言っていいほどあるやたらと大きなロータリーの上から街を眺める。そこから眺める街並みは最悪だった。見たくもないものが雨で隠されることもなく山ほど見える。

それらは電車の中で見たものよりも自分のこととして感じられる。


 耳が腐り落ちてしまいそうな音が聞こえてくる。

 淀んだ気持ち悪い血の匂いがする。

 それらは気の所為なのだろう。俺の頭が作り出した想像なのだろう。

 分かっている。分かっていても我慢ならない。


 生まれて初めて感じる感覚は大人になって初めて知る機会があって、大人のままでは知ることができなかったものなんだろう。


 早く速水を見つけ出そう。そう思い全力で速水の影を探す。

 傘をさしていない彼女の姿を。奇行者の姿を。


 そして彼女と目が合った、ように感じた。無表情で何も感じていないように、まるで人ではないように、何かの物であるように人が人ごみの真ん中にいた。


 声をかけようにも遠すぎる。多分30mは離れている。どうしようもなくなってロータリーから走り降りる。オレンジ色のタイルが雨に濡れてこけそうになる。

 片手を傘で使ってしまっているからどうしてもバランスが整わない。最悪コケてもいいから速水に追いつきたい。


 今、速水に会えないと後悔する気がした。

 多分後悔の度合いは妹の時と同じくらい。アホらしい。自分でも分かってる。この間までは妹のことも後悔していないって言った。

 それでも俺はやっぱり後悔してる。どうしようもなく、今すぐにでも叫びだしてしまいたいほどに。傘なんていらないって言いたい。

 子供の頃みたいに気持ちだけで話をしたい。行動したい。


 靴がびしゃびしゃになりながら走る不快感と傘に感じる空気の圧が鬱陶しい。小学校以来感じることのなかった傘を差しながら走るという感覚。

 いろいろな感情で胸がいっぱいになって張り裂けそうになる。体の内側から膨らんでくる力を無理やり無くそうとして、全力で走る。

 傘が人に当たってしまいそう。気にしてなんていられない。


 何も考えずに、速水のいた方向に向けて走る。

 そうして速水の背中を見つけた。

「速水ー!!」

 『自分はこんな大声を出せたんだ』と驚くくらいに声が出た。周りにいた人も大きな声にびっくりしてこっちを見ている。

 雨が横からたたきつけるようなものになって傘が意味をなさない。


 振り返った速水も今更傘をさして何になるんだと思えるくらい濡れてしまって、前髪が髪にくっついてしまっていた。

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