(2)速水を子供と定義しなさい。

大人の倫理観

 病院に花束を飾りながら、我ながら碌な人間じゃないなと客観的に思う。

 客観的だから罪悪感なんてほとんど感じていない。しょうがないと思う。

 

 人生は全てを手にすることなんてできない。


 例えば、努力した人がすべて報われるのなら、何かのスポーツで全力で努力して試合に勝ったチーム。

 その相手は練習をサボっていたのか、勝ったチームより楽な練習をしていたのか。


 例えば、十人の人を助けるために一人の人を犠牲にしたら正義か。

 助けるために犠牲になった人はどう思うだろう。


 例えば、俺が『カツアゲされています。』って通報したってそれがカツアゲしている人にバレて俺まで目をつけられてしまったら…。


 だから諦めるしかなかった。

 花を飾り終えて背もたれのない丸い形の椅子を引き寄せて座る。

 妹のぼろぼろの顔を見ると速水の顔を思い出す。『もし、あいつなら何が出来ただろうか。』そんな風に考えてしまう。あの場にいたのは俺だけでそんなことを考えても何の意味もないのに。


「大人の条件ね……。」

 速水と俺の大きな違い。

 俺よりも、ずっと頭のいい『大人』たちが繰り返し議論している議題。そりゃあ話題にもなる。もしも、『大人』の定義が完成して、『大人』量産に成功したら、それはほかの国に対して一歩先に出ることができる。

 それをしたから今よりどうなるとかいう具体像なんてものは存在しない。ただ、自分たちの方が『偉い』、『強い』と証明したいだけ。他は何もない。

 それだけのために使を使っている。

 そんなものを『大人』と定義して、速水みたく人のことを考えて行動できる人が『子供』と馬鹿にされる。


「じゃあ、そろそろ帰るよ…。」

 あたりが暗くなってきたあたりで帰る準備をする。と言っても鞄を持って椅子をもとの位置に戻すだけだけども。

それが終わったら病室を出る。



 帰りも電車に揺られる。

 その電車の中で考えることは速水のこと。

 最近、意味もないのに、嫌いなはずなのに気を抜くと考えている。


 静かに窓の外を見る速水の顔。学校で嫌われ者で昨日まで勝手にイメージしていた速水の姿。

 その二つの姿が頭の中で重なってぶれていく。速水の姿が分からなくなる。



 『大人』になったばっかりで慣れない目で見る夜はとても美しくて形容しようのないほどに醜い。暗くなっていく空を写す地面を見ながらそんなことを思う。

 たくさんの人が溢れている街並みを電車の中から眺める街並みの中には、美しい家族愛や親愛に溢れている。

 それと同時に醜いほどに歪んだ情欲も溢れている。


 がなんの力もない『こども』を支配してクソみたいな欲望を満たしている。

 子供の時、大人は美しくて強くて正しいと思っていた。

 でも歳を重ねるごとに『大人』がどれだけ腐っているものか実感していった。

 大人に文句を垂れていたころ、一部の大人の空しい努力を知った時。どれほど絶望しただろうか。


 意味のある事を何も考えずに電車に揺られ、ようやく最寄り駅まで戻ってこれた。

 妹の横たわっていたところには、まだ血の跡がついていた。

 俺が見た犯人たちと思われる人はまだ捕まっていない。だからこの駅を利用するのは怖かった。……どうして、俺がこの駅を使ったのかはわかりたくもない。



 暗い道をのんびりと自転車をこいで温かみのある灯りがある家に帰る。いつもはある元気な声がが聞こえない。

 妹の部屋には電気がついていなくて、ご飯の時もあいつの耳につく、うるさいくらいの『美味しい!』の声が聞こえない。

 常に妹がいない寂しさというか違和感を覚える。本人の前では罪悪感も、何も感じなかったのに家で一人でいる時にこういうことを考えてしまう。

 こんな俺は本当に卑怯でずるいと思う。


 いつも通りの時間に寝付こうとして目を閉じるたびに瞼の裏に見えるのは電車の中での、静かな速水。それと病院で包帯で巻かれ病院で横たわっている妹の姿。


 今、見たくないものが頭の中を、瞼の裏を通り過ぎていく。

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