花が
九十七年前、ハル
花達の世話で荒れた指先は想像していたよりずっと器用でどんどん花が列を連ねていく。ショウくん、凄く集中してる。
待っている間じいっと横顔を見つめた。ずっとお面をしていて素顔を見たことはないけれど、ショウくんは本当に格好良い。
幸せだ。ずっとこうして過ごせたら良いのに。
ぼんやり見つめているとショウくんがこちらに目線を向け、ふっと口角を上げた。そしてまた冠編みに戻る。
バッと慌てて目線を逸らした。
︎︎バレてた…? 思わず耳に手を当てる。すぐに汗が滲んで夏と勘違いしてしまいそうだ。
「できた。此方へおいで」
花を編み終わったショウくんに手招きをされる。
冠は白い花と薄桃色の花で構成された晴れやかで可愛らしいものだった。前にもらったピカピカの服みたいに綺麗。ショウくんがくれる物は全部がキラキラ輝いてる。
ショウくんの前まで近づいて頭を少し下げる。俺の頭にそっと花冠を乗せてくれる。髪を整えてもらったら姿勢を戻してショウくんと目を合わせた。
どちらからともなくふふっと笑って、ショウくんが似合っていると言いながらまた髪を撫でる。まるで、
「結婚式みたいだね」
本心だったけど子供っぽいかと思って冗談を装った。
この世界は歳も性別も貧富も何もかも俺の味方をしてくれない。 廃れた生活のせいでどうせ早く死ぬ。
ショウくんは格好良いから、俺が死んでもきっとすぐ綺麗な女の人と幸せになるんだろうな…。
「ははっ、じゃあ今ここで結婚するか」
ショウくんも俺にならって冗談めかしく力の抜けた声で笑った。
「…ねぇ。お願いがあるんだけど、」
きっと嫌がる。でもお願いなんだ。
もにょもにょ手遊びをして唇をぎゅっと噛んで、ショウくんを見て、また逸らして。わがまま言うのは苦手だ。
なかなか決意できない優柔不断な俺をショウくんは急かすことなくただただ待ってくれる。その優しさが余計恥ずかしさを募らせた。
「ショウくんの、顔が見たい、な…」
ボンっと音がして火傷しそうなくらい顔が熱くなった。
ドキドキ。バクバク。チカチカ。自分の言ったわがままが何度も頭の中を泳いで心を動揺させる。
「……。君を、」
勝手に緊張して熱を持った俺とは反対にショウくんは遠く寒いところでぼそりと呟いた。
やっぱり嫌だった? 俺はまだ素顔を見せるに値しない存在なのかな。
お互いの大切になれたと思っていたのは俺だけだったのかな。 これまでとは違う恥ずかしさで言葉を取り消したくなった。
「…君の好きにすると良い」
そう言ってショウくんは顔を差し出してくれた。 目を瞑って俺に委ねる姿が嬉しい。
ドクドクと鼓動が早くなる。そっと仮面に触れた手が震えた。バレていないといいな。
外したお面をぎゅっと胸に当て抱きしめた。ショウくんがゆっくりと目を開け俺を見つめる。その瞬間息をのんだ。
額から目元までただれたように広がる赤紫色の肌。右目尻には斑点状に黒い痣があった。筆に絵の具を染み込ませて弾いたみたいな。 見慣れないそれに思わず見入った。
「醜いだろう。君も私が怖くなったか」
泣き出しそうに笑ってショウくんが呟いた。ハッと意識を戻してぶんぶん首を振った。
一瞬、心のどこかで怖いと思ったかもしれないけどそれよりも驚きが大きかった。初めて素顔を見たし、そんな悲しそうな顔するんだ、って…。
この時ショウくんが何を思ってそんな顔をしたのかは分からない。でも目を逸らさずそのままを見せてくれた。それだけでたまらなく幸せだった。
「ハル」
ショウくんが小指を差し出す。顔と手を見比べるとショウくんは頷いた。
おずおず右手を出すときゅっと小指が結ばれる。
「愛してる。私はハルに出会えて幸せだよ」
俺を見つめる眼差しがあったかい。その熱が伝わって俺の目も熱くなる。うるうると視界が揺れた。
「本当?嘘だったら俺怒っちゃうよ」
強がって鼻を啜る。瞬きをせずとも溢れ落ちてしまいそうな目尻をショウくんが親指でスっと拭った。
「嘘じゃない。花達が証人だ」
爽やかな昼の風が吹いた。太陽の香り。 隣で見ていた花達がかさりと音をならし二人の時間を祝福する。
ショウくんの顔の痣を指ですうっとなぞったら、本物のぬくもりを感じた。嘘じゃない。
俺の手をショウくんが掴まえ、目を閉じ愛おしそうに頬ずりした。
花達に向けるような。ううん。もっと大きくてあったかいそれは涙が出るほど綺麗だった。
うららかな春の日、二人は最初で最後に誓いのキスをした。
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