変わらず


内海春希



 は〜〜〜??マジでダルすぎ。

 
燦々と照りつける日光に汗が滲む。ジリジリ肌の焼ける音が聞こえてくるようだ。

 
いや、グラウンドの雑草抜きって小学生かよ。清掃のおばちゃんいるならその人達に頼めば良くね?ガサツに引っこ抜いた雑草をバケツに投げ入れる。なんだこいつら、元気に生えすぎだろ。
 



 しかも依田先生いないし…。


 放課後になったら美化委員だけ集められて今日することを指示された。

 前は皆外!とか、空いてる所!って感じだったのになんで今回から担当割り振られてんの? で、しかも先生は見回り?みたいなのするってウチの学校どうした?急にガチるじゃん。


 
じとりと目を細め東棟一階右から二番目の空き教室を見る。俺を置いて涼しい教室、女子と楽しくお掃除ですか。そうですか。


 なんか、結構長い時間そこにいない?他の教室は大体一分未満、長くて三分。でもあの教室に入ってからはもうすぐ十分。


 …あー、あの人達が集まってんのか。休み時間「あおくんならワンチャンあり!」とか言ってるの聞いてからちょっと嫌になった人達。ワンチャンあるわけねぇだろ。

 
えっ?ちょ、ま、手…。なになになに?何してんの?依田先生のことベタベタ触っ…俺のショウくんなんですけど!?


「は!?マジであいつらありえ、うわッ!もう何!?」


 
バッと勢いよく立ち上がった時ぶつかったバケツが足元に寄りかかってくる。それを避けようとして逆にバケツの中に足を入れてしまい姿勢を崩した。いや、18にもなってこの転け方はないわ…。
 



 なんかもう疲れた…。バケツからこぼれた雑草を戻して、教室が見えないかつ日陰の避難場所を探す。


 あ、あそこで良いや。


 グラウンドの端、まだ緑色の紅葉並木の下。ちょうど用具室の陰で校舎は見えないし。多分雑草だけど色々花も咲いてるしゆっくりできそう。


 
ふっと力を抜いて紅葉の木にもたれる。まだあの光景が頭に貼り付いて離れない。


 なんだよ、先生も楽しそうな顔してさ。
…やっぱりショウくんも、明るくて可愛い女の子の方が良いよな。


 昔から俺にとってショウくんはたった一人の大好きな人だけど、ショウくんにとっての俺はその他大勢の一人でしかない。

 
片思いが一番楽しいって、それが一番綺麗な感情なんだよって聞いたのにな。
目の奥がきつく締め付けられる。


 目の前のバケツをコンと殴って倒した。散らばった雑草も今度は拾ってやらない。ぎゅっと膝を抱き寄せて俯いた。


 一つも綺麗なんかじゃない。辛くて苦しくてぐちゃぐちゃしてる。


 ︎︎“俺のショウくん”だったことは一度もないくせに勝手に妬いて勝手に寂しくなって。ずっと、ショウくんが嫌いな頭の悪い子供のまんま。

 
もう、ショウくんなんて知らない。
 



「寝てる?」


 ダンゴムシみたく俯く頭上から聞き慣れた声が降ってくる。

 なんでこんな時に限って…。
隣に人が座る音と気配がした。




「…服。汚れますよ」


「お、起きてた。こんな所でサボりか」


 
俯いたまま返事をした。優しくて大好きな声がすぐ隣から聞こえてくすぐったい。全神経が左耳に集中する。


「違います。昨日言ったじゃないですか。俺暑いの無理って」


「そうか」


「ひっ、…先生!」
 



 熱くなった左耳にぴとりと冷たい感触が来た。体を跳ねさせ顔を上げると先生がいたずらに笑いながら手に持ったペットボトルを差し出す。

 炭酸のオレンジジュース。どこまでも子供扱いする。
 



「あはは!どうだ、少しは涼しくなっただろう」


「ハァ… ほんとに…」


 水滴がまとわりついた冷たいペットボトルを受け取る。全然涼しくならない。
先生といるとずっと耳が熱くて痛くてのぼせてしまいそうになる。


 
こんなに振り回してどういうつもりですか。俺ばっかり、そんなのズルくないですか。


 いつまでも拗ねてぶすっとしてる俺とは対照的に今日の先生は何だか機嫌が良いみたいで、近くに咲いていた花の話を始めた。

 
これは春の終わりによく見るだとか、日陰に咲く花だとか。前は辞書のように花のことなら何でも知っていたけど今はそうでもなくて、花の名前とか育て方とかまでは知らないみたい。でも昔と変わらず花の話をする時はいつも優しい顔をする。


 
今の依田先生と前のショウくん。同じ人のようで別人だし、変わったように見えて変わらないところもある。


 やっぱり、ショウくんが好き。
 



 俺の視線に気づいてかショウくんがふふっとはにかんだ。ピッタリすぎるタイミングに急いで目を逸らす。凄い、焦った…。


「うん。内海はイケメンだから花が似合うな」
 



 耳に何かを乗せられ顔を上げる。ショウくんが鏡代わりにスマホの画面を突き付ける。そこには左耳に紫色の花つけた俺がいた。

 
ショウくんが俺の目にかかった前髪を指の背ですっと撫でてはらう。


「っ、あれ?なんで。、ごめんなさ…っ」
 



 つうっと一粒つたったのを皮切りに止めどなく涙が流れた。ボタボタ雨のように地面に落ちていく。口元を押さえ項垂れて顔を隠した。

 
止まれ、頼む。そう我慢すればするほど溢れてくる。
 



「ど、どうした?しんどくなった?保健室…」
 



 ショウうんはいきなり咽び泣く俺に焦った様子だった。顔を覗き込みながらそっと背中をさすってくれる。


「ちがっ、うれしくて…」
 



 ずっと昔、ショウくんが花冠を編んでくれた日が重なって見えた。

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