幸せでいて欲しい。
ショウ
お互い二つ歳を取り三度目の春。
やっと、咲いた。
たった一輪。待ち望んだ一輪。 次こそはと祈りながら二人で植えた。
蕾が出た時は手を取り合って喜んだ。無事花が咲きますようにとまた祈った。
そうして咲いた一輪だった。
空の青をそのまま食べたような澄んだ色。とても優しい色をしていた。
早く来て欲しい。今すぐ見せたい。君の為の花が咲いたんだ。
しかし、ハルは来なかった。
このところ訪れる頻度が減っていた。
前はほぼ毎日、ここに住んでいるのかと思う程だったのに今は多くて三日に一度。二週間も来なかった時は気が気じゃなかった。そして久しぶりに来た日は前より窶れ顔色も悪い。
何かあったのか聞いても「弟が熱を出した」「勉強をしていた」そればかり。
どうせ嘘だと分かっていても私は問い質すことができなかった。
ハルと出会い多少前向きな性格にはなったが人付き合いはまだまだ苦手だ。それをすることによって嫌われるのではないか。そう考えると思わず慎重になってしまう。
ハルだから余計そうなのかもしれない。
彼にとって私は沢山いる中の一人でしかないが、私にとってはたった一人の存在だから失うのが怖い。
ハルが来なくなり一週間が経つと、一緒に植えた他の花も蕾を付け始めた。二週間が経つとそれらも開花した。
じわじわと花が咲き続け、一ヶ月が経つ頃には一つの花壇を埋め尽くす程沢山咲いた。
ハル、見たいと言っていた海が咲いたよ。どうしてまだここに来ないんだ。私はずっと海の前で君を待っている。
更に二週間が経ち、一度街に様子を見に行くことにした。流石におかしい。
本当に彼の弟の病が悪化しその看病に追われているのかもしれない。
ハルはああ見えて責任感が強く人に頼ることが苦手だから全部一人で背負っているのかもしれない。私に解決できることか分からないが少しは負担が減るだろう。
沢山のもしもを考えているうちに街についた。
またあの店の主人に聞こう。ハルと親しいようだったし、彼なら何か知っているはず。あの店は何処だったか…。
キョロキョロ辺りを見渡しながら歩いていると一人の少年にぶつかった。
「わっ!ごめんなさ、ひっ!痣…」
その拍子に外れた面がカタンと音を立て地面に落ちた。彼が私の顔を見て驚く。 少しひびが入った面を拾い上げまた着けた。
「驚かせて申し訳ない。一つ聞きたいのだがハルという少年を知っているか?」
「ハル、ですか...?」
少年が言い淀む。右下を見て何か悩んでいるようだ。
「あぁ。背が高く髪も長い…歳は君も同じくらいだろうか。彼を探しているんだが何処に居るのか知らなくてな」
「ハルは、亡くなりました。病気で…」
少年は目を伏せたままそう言った。
「ハルが…?弟ではなく?」
彼が何を言っているのか理解ができなかった。しかし彼の伏せた目に涙が溜まっていく様が私に教える。これは現実だと。
「ハルに弟はいません。…あの、もしかして“ショウくん”ですか?」
少年は全てを教えてくれた。
ハルが貧困の為病弱だったこと。家族を全員亡くし一人で暮らしていたこと。
私と出会った時可哀想な子供だと思われたくなくて咄嗟に嘘をついたこと。まさか弟まで嘘だとは思わなかったな。
あの服をずっと大事に持っていたこと。眠る時はいつもそれを抱き締めていたらしい。
機嫌が良いハルに声をかけると決まって私の名前を出し、口癖のように私のことが好きだと言っていたこと。
「ハル、新しいお兄ちゃんができたんだって街の皆に自慢してました。世界で一番優しくて格好良くて、大好きな人だって」
俺のショウくんだから好きになっちゃダメだよって釘刺されてるんです、と少年はぎこちなく笑った。
少年に礼を言い、城へ帰る道中何人かに声をかけられた。
貴方があの“ショウ”か。ハルのこと知らせられず申し訳ない。そんなことを言われた。
本当に私の話を色んな所でしていたんだなと微笑ましく思う反面、ハルはもういないという事実に胸が痛む。
城に帰り真っ先に目に入るのは青い花が沢山咲いた海のような花壇。
覚束無い足取りで花壇の前まで行き、膝から崩れ落ちた。
面越しでぼやける視界の中、故人を思うとその人の周りに花が咲くという話を思い出した。ハルが教えてくれた優しい言い伝え。
ハルはそれが現世に残された者の救いになると言ったが、また嘘をついたな。何が救いだ。
千切れそうな程寂しく、君が恋しくなる一方じゃないか。
「君の周りにもこの花が咲いているだろうか」
言葉が宙に浮く。隣を見てもここには私一人だけ。
ハルはこの花の香りを知らない。この花達に囲まれて笑うハルには会えない。
ひび割れた面を胸に抱き声を上げて泣いた。花の前でみっともなく蹲って枯れるまで泣いた。
早く面なんか外せば良かった。 私が君を守ると素直に抱き締めたら良かった。
この思いがハルの周りに花を咲かせたとして、それは彼を救ってくれるだろうか。
もし会えたなら、君はこの花を愛してくれただろうか。
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