生きようと。


依田青



 それから内海はほぼ毎日のように準備室に来るようになった。

 
最初は花が見たいから、教えて欲しいところがあるから、課題を集めてきたから、色んな理由を並べて扉をノックした。

 
最近はここに来ることが目的になっている、と俺は思ってる。俺が仕事してる横で大人しく勉強したり、話をしたり。


 
内海はかなりの人見知りだったようで打ち解けるとフラットな親しみやすい性格をしていた。友達といる時のように、とまではまだいかないけどそれでも最初よりは大分慣れてくれたはず。

 おかげでよく笑う子だと知れた。


 内海がここに通うようになってから色んな話をした。天気の話に始まり、給食の味、模試、友達、文化祭、日常、進路まで。


 中でも一番印象に残っているのは家族の話をした時。


 
その日俺は山積みになったプリントを整理するついでに掃除をしていた。暇そうな内海にサッシの掃除を頼んでみたけど、すぐ飽きてシュレッダー行きのプリントで折り紙をしていた。


「内海。掃除はもう終わったのか?」


「青くんこそどう…」
 



 絶対何も終わっていないことが明らかな後ろ姿に声をかける。不格好な鶴を窓枠に乗せ頭をちょんとつつく声は腑抜けなものだった。



「…えっ?うわ!嘘、ごめんなさい!!今すぐ忘れてください!!」


 二人してしばらく固まった後内海が慌てて謝る。よろけながら勢いよく立ち上がり、鶴が窓から落ちあたふた。小さな黒目がぐるぐる揺れた。
 



「ふはっ、あはは!あ〜、ごめんごめん」


 
項垂れる内海に大きな笑い声で返す。内海は顔色を伺うように目配せをした。可愛くてつい。これは口に出さずに飲み込んだ。
 



「青くんか…。なんだか弟みたいで可愛いな。家では俺が弟だからちょっと嬉しいかも」

「えっ!?依田先生、兄弟いるんですか!?」


 目を見開き鬼気迫る表情で聞かれた。


「え?うん。兄が一人。二個上で、優しくて、自慢の兄なんだ」


 そう答えると、内海はハッと息をのみ口元を押さえた。独り言のように、いるんだ、そっか… 家族、そうだよな…とこぼす。

 そんなに意外だったかな。


 内海はたまによく分からない。というより、少し不思議で掴めない子だった。


 
不思議で思い出したけど、青い花を好きなったきっかけを教えてくれた時。あの時も不思議だった。
 



 幼い頃お母さんが寝る前によく聞かせてくれた昔話。それが青い花の話で好きだった。
 



 そう言っていたけど、その昔話をまるで自分のことのように話した。
時折花に目をやり、思い出を辿るような横顔で。


 
内海が教えてくれたその話は、仮面をつけた男が一人の少年に出会う話だった。

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