そこに私が


百年前、ショウ



 生まれつき顔に痣がある者は忌み子と言われた。死神の生まれ変わりだ、と無条件に嫌われる。

 そしてどうやら私はその呪いにかかっているらしい。


 
ああ、確かに正しい。鏡を見る度そうやって世間に共感してしまう。
言われなくとも自分が一番醜い命だと分かっているさ。


 森のすぐ側。人の目から逃れるように建てられたこの城から出ることは殆どない。ずっとここで花の世話をしている。

 
醜男が花を育てている。なんと不釣り合いな。だが私にとって花が唯一の家族で、友で、花を育てることだけが救いであった。


 
街に出るのも花の世話に必要な物を買いに行く時くらいだ。最初こそ他の物に倣って使用人に頼んでいたが次第に拘りが出てきた。

 この痣も面と目深く被った布で隠してしまえば良い。特異な出で立ちに街の人々は何も言えない。こっそり街に下りてきたどこかの貴族か何かだと思ってるのだろう。

 お陰で誰も深く関わろうとしない。無駄な世間話も煩わしい干渉もない。


「…またか」


 穴がぽっかりと空いた花壇を見て溜息をついた。

 ︎︎最近誰かが庭に忍び込み花を盗んでいる。

 
どこに植えた花がどれだけ育っているか全て把握しているから気の所為など有り得ない。間隔をおいて植えたペチュニアなら尚更。


 最初は動物かと思ったがそれにしては綺麗すぎる。確実に誰か、人の手によって摘まれ、盗まれている。
 


 人が丹念に育てた花を何だと思っているんだ。許さない。


 
私は強い憤りを感じ、犯人を必ず捕まえると決めた。
毎夜眠い目を擦り花壇を監視した。

 しかし犯人は私がちょうど微睡んだ時忍び込む。小賢しい。

 見つけたらただではおかない。


 その日の晩、私は城の二階から庭を監視した。いつもは庭がよく見える所に椅子を置き犯人を待っていたが、今回は監視をしていない振りをすることにした。


 
やはり夜の庭は暗く、窓越しではよく見えないが人の気配くらいは分かる。


 
来た。
 



 私の背くらいの塀に人の手がかかった。緣に指を引っ掛け塀をよじ登り跨る。

 
月明かりにほんのり照らされた犯人は痩せ細った少年だった。夜でも分かる程肌が青白い。
顔や服までは見えないが遠目でも分かるみすぼらしさ。


 生活の為か。

 だからと言って許せる訳でもないが、今すぐとっ捕まえて彼を引っぱたく気持ちは薄れてしまった。


 彼は花壇の前にしゃがみ手を合わせた。何かを祈るように俯く。

 しばらくして花に手を伸ばした。摘んだ花を持っていた布に包んで、また塀をよじ登り帰って行った。
 



 結局私はそれを眺めるだけで何もできなかった。


 そうやって少年の盗みを見過ごして一週間が経った。今夜はまだ来ていない。


 
このままでは駄目だ。今日こそあの少年を捕まえなければ。彼に生活があるように私にも生活があって、花への愛がある。


 
今日は城の玄関前に椅子を置き待つ。大きな布を羽織り眠った振りをしていると、来た。


 
人の気配に薄目を開けると彼が盗む花を選んでいた。
 
彼が行ってしまう前に急いで布を被り面を着けた。揺れる度キイキイと煩いランプをつまむ。


 
ちょうど花の茎に手を伸ばす彼に後ろから声をかけた。


「ここで何をしている」


 
彼が手を止めゆっくりとこちらを見上げる。
 


「ひっ、おばけ…!」


「あ、おい!待ちなさい!!」
 



 私の顔を見るなり慌てて逃げ出す。

 足を滑らせ何度も地面に手をついた。今日は昼に雨が降っていた。まだ乾いていなかったか。地面がぬかるむ。


「やだ、お化け来ないで!…うわっ!!!」


 
塀を蹴る足がずるりと滑りその勢いで緣から手が離れる。

 危ない!そう思った時にはドサッと落ちる音がして彼が蹲っていた。


「…大丈夫か」
 



 一向に立ち上がろうとしない彼にランプを近づけ、渋々声をかける。痩けた頬がぼんやり橙色に染まった。彼は小さい声でお化けだ何だと繰り返した。


「ハァ…。私はお化けではない」


「じゃあ、死神さま…?」


 いつまでも煩い彼に溜息をつくとやっと顔を上げた。人を幽霊扱いした次は死神か。失礼な子供だ。盗みを働くだけある。
 



「人だ。立てるか。中で手当てをしよう」


「…うん」
 



 そう手を差し伸べる。彼はおずおずと私の手を取った。その手は細く、軽く、弱々しく震えていた。



「痛むか?」
 



 彼の腕についた血を拭き取り止血の為腕をぐっと強く押さえる。一瞬彼が顔を顰めたが彼は大丈夫だと首を振った。


 
灯りの下で改めて見るとやはり彼は随分と粗末な格好をしていた。いつからそれで過ごしているのか聞きたくなるほど解れた服。最後の行水がいつかも分からない髪。

 あまり、いやかなり。本当は城に入れたくない。庭であのまま眠ってしまわれる方が嫌だからしているまでだ。


「もう一度聞こう。君はここで何をしていた?泥棒か」
 



 ドクダミの汁を患部に塗る。彼がまた顔を顰めた。



「ちっ、違う…。その、研究!してて…」



 今思いついたような上擦った声で言う。

 彼曰く薬学を学んでいるそうだ。なんでも弟の病気を治す為だと。嘘をつくならもっとマシなものをつけ。しかし、生憎薬学の知識は持ち合わせていない。私に彼が嘘をついているという証明はできない。


「君が本当に盗みではなく研究の為ここに来ていたと言うなら、これからは明るい時間に来なさい。門も開けておこう。今日みたいにまた怪我をされたら迷惑だ」
 



 不安そうに泳がせていた目がぱあっと綻ぶ。思っていることがそのまま顔に出て、本当に幼い子供。一番苦手な類だ。


 もうこれっきり、二度と来ないで欲しい。私に人との関わりは不要だ。

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