第9話 大好きなじいじへ
きたる1月23日。奇しくも俺の誕生日が受験日となった。
朝食のかつ丼を平らげて家を出る。母さん、気持ちは嬉しいけど朝からヘビーすぎやしないかい?
玄関先には進藤桃花の姿があった。
「誕生日おめでと。これプレゼントのカンニングペーパーね。」
そういって新品のノートを手渡した。変な冗談はやめてくれ。
「あと、私芸能事務所の所属が決まったの。アイドルの幼馴染になれて良かったわね。蓮も頑張って。」
ほんとに進藤桃花という人間は計り知れないな。尊敬する。
「アイドルとして売れてから言えってんだ。なぁ、気合い入れるためにカーフキックもらっていいか?」
足を引きずりながら駅で待ち合わせた実と合流する。
「よう蓮。今日誕生日だよな?これ、プレゼントのカンニングペーパー。」
え、なにそれはやってんの?知らないの俺だけなの?
「てか、足どうかしたの?」
「いや、ちょっと気合い入れただけ。」
不思議な顔をした実から新品のノートを受け取ると電車に乗り込んだ。
「蓮、緊張してんだろ~」
実が茶化してくるが、その実も手が震えているのがわかる。
俺はというと緊張で吐き気さえある。いや朝のかつ丼のせいか。
でも、大丈夫。俺ならできるよなじいじ。
『2つ目に、絶対に諦めるな。蓮、お前は本当にすごい子や。わしが保証したる。だから諦めんでくれ。絶対やぞ。』
母さんにもらったお守りと、じいじにもらった言葉を胸に当て、受験会場へと足を運んだ。
3月8日。俺はひたすら片手で折り紙の輪っかを作っていた。
「なぁ実、卒業式ってどんだけ輪っか必要なの?」
「あーっと、もうちょいかなぁ」
「こういうのってさ、卒業生がやることか?」
「例年そういうしきたりなんだから仕方ないだろ。」
まったく、片手で折り紙折るのがどれだけ難しいと思ってるんだ。
作業を終わらせて校門へ向かうと、進藤桃花がこちらを見て待っていた。
「もう、最後だしさ、一緒に帰ろうよ。」
高校での思い出、俺らの馴れ初めなど話ながら帰ったが、進藤は終始寂しそうだった。
高校なんてすぐに卒業したいと思っていたのに、なんだか俺ももう少しここにいたいと思ってしまっている。
家に着くと、進藤は寂しそうにバイバイ、とだけ呟いて家に入っていった。
我が家では母さんが忙しそうに明日用のドレスを選んでいた。
そんなに気合い入れなくてもいいのに。もう高校生なんだから。
そうは思っていても、なかなか寝付くことが出来なかった。
卒業式。
いつもと変わらないはずの教室なのに、なぜか違う景色に見える。黒板に書かれた【卒業おめでとう】の文字のせいだろうか。
「なぁ蓮、美大の入学式って髪染めていいんかな?蓮染める?」
「いや俺は染めないって。気早いなこれから卒業式だってのに。」
まぁ俺も美大が楽しみではあるんだが。
「卒業生、入場」
アナウンスが流れると同時に、我々は体育に拍手の中入っていった。壁を見渡すと昨日作った輪っかが目に入った。あれ、ほんとうに必要か?
体感では驚くほどすぐに終わった卒業式のあと、泣きじゃくる母さんの下へ向かった。
「本当に蓮を産んでよかった。おめでとう。」
最近涙もろくていけない。母さんが泣かせに来てるのもよくないな。もしじいじが卒業式に来ていたら、泣いてくれただろうか。
『3つ目はな、まぁなんだ、その、わしは蓮を愛しとる。ずっとだ。蓮がわしをどう思っても、蓮はわしの大事な孫だ。』
「おーい、れーん、みんなで写真撮ろうぜ!」
実の声が聞こえる。
「おう、今行く。」
美大に入ったら1番最初にじいじの笑った顔を描こう。とびっきり丁寧に、それでいて大胆に。
「とにかく、やってみっか。」
そう呟いてみんなの下へ駆け出して行った。
大嫌いなじいじに言われた3つの言葉 白野 ケイ @shironokei
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