第6話 ほんとのきもち
入院は1か月半ほど続いた。
11月に入ろうかという日、俺は退院した。だが、依然右手は動かないままだった。
学校では、全く話したことのない奴からも、大丈夫か?生きててよかったな!などと声をかけられた。誰なんだよまったく。俺は見せ物じゃないぞ。
なかでも進藤桃花は涙ぐみながら俺の席に来た。
「ほんとに心配したよ~~。無事でよかったぁ。これ、お花買ってきたからあげる~~。」
おい、俺は死んでないんだ。花は必要ないだろう。と、考えるだけ考えてありがたく受け取った。
しかし、あれからじいじとは1度も話していない。何度か見舞いに来てくれてはいたが、お互い無言だった。俺自身、言い過ぎてしまったと思っている。
どうにかして謝らないとなぁ、とぼんやり考えていた放課後、
「おい、校門にめっちゃ渋いおやじいるぞ!」
「誰かの保護者か?60歳くらいだろうし、生徒のおじいちゃんかね。」
そんなクラスメートの声が聞こえた。おいおい不審者じゃないのか。気になってちらりと3階の窓から外をのぞくと、それは紛れもなく90歳を超えた俺のじいじだった。
心臓が止まるかと思った。何事かと慌てて外へ出る。ただでさえ左手だけで帰り支度するのに慣れてないってのに。
「じいじ、こんなとこでなにしてんの。」
「おう蓮、この後時間あるか。」
こんなとこまで来られたら断れないだろ。
「まぁ、あるけど…」
「ちょっと車乗りや。」
近くの駐車場まで一緒に歩き、じいじの車に乗り込んだ。
90歳超えて運転なんて大丈夫かよ、しかもこないだじいじも車にはねられてんじゃんか。怖くないのかな。
「怖くないか?蓮。」
びっくりした。心の中読まれたのかと。
「なにが?」
「トラックにはねられとるから、乗るのも怖いかと思ってな。」
「いや、全然大丈夫。てかどこいくのじいじ。」
「ちょっと待っとってな」
どこに行くのか、見当もつかない。てか、どうも最近じいじの様子がおかしいよな。
30分くらい経っただろうか。もともと田舎だったが、さらに建物の少ない景色になっていった。
まじでどこ連れてかれるんだよ。怖えよ。
すると、急にじいじは車を止めた。
そこには遊具も何もない、ただただ広い草原が広がっていた。
「え、なにここ。」
「ちょっと、降りようや。」
頭に大量の?を浮かべながら、俺は恐る恐る車を降りた。なにがあるんだよここに。
しばらく無言のままじいじの後ろを歩く。すると、大きな切り株の前で立ち止まり言った。
「ここなぁ、わしと蓮のばあちゃんが出会った場所なんや」
今までになく優しい声だった。
「ここで?」
「そう、蓮の母さんがまだ小さかった時な、蓮の本当のおじいちゃんはこの近くの病院で亡くなっとるんよ。今は切り株だが、昔この木の下でばあちゃんわんわん泣いとってなぁ。わしから声かけたんよ。」
なぜ今そんな話を俺にしたのかはわからない。でも、今はこの話を聞かなければいけない。そんな気がした。
「わしは臆病者やからなぁ、戦場で動けんくて大事な仲間も大事な恋人もみーんな失った。そんで、わしだけが生き残ってしまった。ほんとうに毎日後悔したんよ。あの時動けてりゃ救えた命もあったのになぁ。」
こんなに悲しい目をしたじいじは初めてだった。こんな過去があったことなど知らなかったし、知ろうともしていなかった。
「なんで、ばあちゃんと結婚したの。」
自分からじいじにこんなことを聞く日が来るなんて思いもよらなかった。
「わんわん泣いてる姿が昔の恋人と重なってなぁ。生まれつき体が悪いところも一緒やった。どうしても幸せにしてあげたくてなぁ。年は離れ取ったけど、ここで動かなきゃ一生後悔すると思ったんよ。ばあちゃんはすぐあの世に行ってしまったんやけどな。ほんとに幸せやった。」
じいじに対する考えがどんどん変わっていくのをはっきりと感じていた。俺はこんなに真っすぐな人を、過去の出来事も知らず嫌い続けてしまったのか。
「ごめんなぁ蓮。本当の家族になれなくて。」
涙が止まらなかった。もうやめてくれ。俺がすべて悪いのに。何も知らないで勝手に嫌っていたのは俺のほうだったのに。じいじは嫌われていることをずっと気にしていたのだ。
「わしが後悔ばかりしたからって、何でもかんでも挑戦させすぎたな。ほんまにすまん。嫌やったよな、家族でもない人から…」
「じいじは俺の家族だよ!」
涙で前が見えない中、無意識に口に出ていた。俺を養うためにいまだに働いてることも、俺のためにやってみぃよと言ってくれていたことも知っていた。申し訳なさと自己嫌悪でどうにかなりそうだった。
「病室で、あんな、ひどいこと言ってごめん!いってらっしゃいも、毎日返さなくてごめん!時々、無視してごめん!俺のこと応援してくれたのに、」
「もうええ、もうええ、ひどい顔になっとるやないか。」
じいじは苦笑いしながらポケットからハンカチを取り出し、俺の顔を拭いた。そのハンカチの独特ないい香りが頭から離れなかった。
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