10.言いたがらない空挺騎士
5年前、僕らはなんとなく空に憧れているだけの子どもだった。
超高高度って響きが格好よくて、いつか飛びたいって。
その時、僕らにはこれ以上なく本気だったけど、今から思えばそれはやっぱりただの憧れだった。
今みたいに、こんな――他にもうなんにもないほどの思いじゃないってことで。
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学校が終わると、僕らはだいたい誰ともなしに秘密基地に集まってた。
地上の、それもド田舎の少年少女だから、恋愛とかはあんまり関係ない。
けど、まあ気が合う相手っていうのはいるもので。
基地の端っこで孤独にホロ雑誌を眺める僕に、声をかけてくるのはいつも彼女だった。
「クラウス、また一人でぼんやりしてる!」
「……ネイヴか。別に君に迷惑かけてるわけでもないし、いいだろ、放っといてくれ」
肩を揺するネイヴの手を片手で払う。
優等生で、人気者で、そしてなぜか妙に僕に構う。
そういう彼女のことが、僕は鬱陶しくて仕方ない。
そして――彼女の隣にいつもいる侯爵家の三男坊のことが。
「放っておいてやれ、ネイヴ。そいつはお前にあれこれと世話を焼かれるのが好きすぎて、お前の姿を見るとあえて目の前をうろうろせずにはおれんのだよ」
「は? 君に僕のなにがわかるつもりなんだ」
「わかるに決まってるだろ、同じ女を取り合うライバルだからな」
「……君がどうかは知らないけど、僕は取り合ってなんかない」
「っは、その顔でそれを言うのか。今更だなぁ。いつもネイヴのことをちらちら見てるの、バレてないとでも思っとるのか?」
「見てないし、僕の顔がどうだって言うんだ」
「ちょ、ちょっとやめなさいよ、二人とも……」
なんとも言えない顔でネイヴが止めに入ってくる。
微妙な表情は、ロイの言葉があまりにも直球過ぎて、冗談とも本気ともつかないからだろう。
ネイヴは僕と同じ平民の娘だ。父親は帝都の研究者だから、僕より少しばかり賢いし、勉学というものの価値を重く見ている節はあるが。
まあ、それでも――ロイというヤツはたいそう変人だ、という認識については、僕と彼女で一致している。
「ああ、麗しのネイヴ。君が止めろと言うなら、こんなヤツを相手にするまでもなく君との会話に集中しようじゃないか。さて、なんの話をする? 君の美しさを花にたとえるとなにが一番近いかってことを語ろうか」
「……気障を通り越してバカだろ」
「ほう、ではお前の方から先に語るか、幼馴染殿。ネイヴを花にたとえるなら、どんな花にたとえる?」
「僕は参加した記憶はないんだが」
ネイヴの視線を痛いほど感じる。
僕は慌てて目をそらした。
「待たれておるぞ」
「知らない」
「すごいじっと見られてるぞ」
「答えない」
この関係を、どう呼ぶかは知らない。
けど、一種の幸せではあったはずだ――あの夜までは。
あの夜、僕らはなにもかもなくしてしまった。
友人も、信頼も、そしてもしかしたら初恋も。
――その夜、僕らの住んでるド田舎に突如やってきたのは、超高高度から降りて来た犯罪者だった。
そのクソみたいな野郎は、クソみたいな自分勝手な理由でネイヴの家に押し入り、クソみたいな方法で他にかけがえのない命を踏みにじった。
告白どころか、素直になるだけの時間すら僕らにはなかった。
最初で最後のロイの泣き顔を見た。
守れなかったんだなんてバカみたいな後悔――僕だってしてるに決まってる。
すべての犯罪者を殺すだなんて、バカみたいな決意しやがって。
直後、ロイは
ヘルメットもつけずに空を飛ぶイカレた男は、周囲からの反発を一身に受けながらもその能力を開花させ、あっという間に階級を駆け上がった。
本気で、すべての犯罪者を撲滅するか、さもなくば自分が死ぬつもりなんだろう。
僕がエアロナイツに入ったのは、空を飛びたかったからってだけだ。
ぜんぶ忘れて、地上の重さから自由になりたかった。
……それ以上は、語りたくない。
僕の理由は、ただ飛びたかった――それだけでいい。
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「さて、突入の準備だ。みな、持ち場につけ」
隊長としてのロイの言葉に、隊員たちはそれぞれに頷き、立ち去っていく。
最後まで残っていた僕の肩を、ロイは馴れ馴れしく叩いた。
「……今度こそ助ける。そうだろ、幼馴染殿?」
「僕には関係ない。助けるとかそんなのじゃなくて、単に飛びたいだけだから」
「ま、そういうことにしておくさ。俺はお前に優しい男だ」
「そうかな?」
「そうさ」
妙に瞳が優しいのが腹が立つ。
僕は、ロイをおいて停車してあるリグレットへと向かった。
僕の仕事は、立てこもっている犯人が逃げ出そうとしたとき――今度こそそいつを墜とすこと。
今は、それだけでいい。
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