9.隠したがりの空挺騎士

「……と言う訳で、急遽、今回の皇女救出作戦に協力して貰うことになった。青薔薇騎士団アプローズナイツのクラウス隊員だ」


 ロイの雑な紹介に合わせて、僕は軽く頭を下げた。

 針のように刺々しい視線が一斉に突き刺さる。

 もちろん僕が、そんなものになにを感じる訳もないけど。


 このまま無言で睨みつけられるだけかと思っていたが、中には勇気のあるヤツもいるようだ。

 人垣を割って一歩前に出た少年が、皮肉っぽい声を上げた。


「隊長、今回、パレードから攫われた皇女と誘拐犯の居所を見つけたのは黒百合騎士団ヴェンデッタナイツです。どうしてわざわざアプローズから協力者を呼んだんですか?」


 特に気にもとめていなかったから最初はわからなかった。

 声に聞き覚えがある気がして記憶をたどる――ああ、ヤコウだ。

 シィランを「上司殺し」と、そして「兄上」と呼んでいた色素の薄い癖っ毛の少年。


 彼は、どうやら僕が邪魔らしい。

 以前の気持ち悪い猫なで声をかなぐり捨て、僕を睨みつけている。


 そんな、いかにも物言いたげなヤコウの言葉にも、ロイはたじろがなかった。


「なぜ? 必要だからだな」

「なにが必要なんですか。我々がいるのに、こんな平民どもの力なんて必要ないでしょう!」

「へぇ、速く飛ぶのに血が関係すると信じてるんだ。ヴェンデッタって案外バカばっかりなんだね」

「なんだと!?」


 僕の挑発に軽々しく乗っかったヤコウと、その背後で同じ目をしているヴェンデッタの面々。

 ヤコウほど血の気が多い訳ではなくとも、多かれ少なかれ第二隊は同じような考えの持ち主らしい――隣でくっくっと笑っているロイを除いて。


「隊長、なに笑ってるんですか!」

「いや、貴様らちぃと単純すぎるだろ。すこぅし落ち着け。特にヤコウ、兄上の仇が気になるのはわかるが、血気に逸ってもよい結果は生まれんぞ」

「なにを――オレは別に、シィランなんて気にしてません!」

「あのな、幼馴染殿。ヤコウの家はどうもややこしくてな。お前のところの副隊長殿は、いわゆる妾腹めかけばらなのだよ。よって、正妻の子であるヤコウが弟ながら家を継ぎ、いづらくなった兄は家を出たという経緯だ」

「……はあ」

「あの、隊長! それとオレの質問となにが関係してるんですか!?」


 正直、それは僕も聞きたい。

 シィランが片親とは言え貴族の血を引いてるなんて驚きはしたけど――まあ、だからなんだってんだ。

 正妻の子じゃないから家が継げない? それで喧嘩腰で絡んでくるのがお貴族様のやり方なら、シィランは半分だけでもそんな血が流れてなくてよかったじゃん、としか思えない。


 そんな気持ちを視線に込めて、思いきりヤコウを睨み返してやる。

 ヤコウの方は、なぜか顔を赤らめて目をそらした。


「えっ、なに? 気持ち悪」

「最後まで聞くがいいぞ、幼馴染殿。本当に兄のことを蔑み嫌っているのならば、こんなところまで兄を追って来る必要もあるまい?」

「……は?」

「やめてください、隊長! それじゃまるでオレが兄上のこと好きみたいじゃないですか!」

「そう言っておるのだが」


 さらっと答えたロイの言葉に、ヤコウはますます頬に血をのぼらせる。

 ロイの襟首を掴んでがくがく振りまわしているが、本人の舌は止まらない。


「隊長!」

「兄が好きで仕方ないくせに、素直になれないお年頃め」

「隊長ってば、やめてください!」

「そんな兄の周りが可愛がってるという噂の後輩が、気になって仕方ないくせに」

「殴りますよ!」

「嫌だが」


 あっさりと距離を取って、ロイは再びヴェンデッタの面々に向き直った。


「という訳で、クラウスが協力してくれることになったのだ」

「隊長、なんの説明にもなってませんが……」


 隊員の一人が片手を上げた。

 うん、残念ながら僕も同感です。


 僕たちの不審げな目を受けながらも、ロイはそのまま小首を傾げた。


「わかりやすいだろ。皇女は必ず助けねばならぬ。ヤコウは兄の仇をうちたい。ならば、それができるようにするのが隊長の仕事だ」

「つまり?」

「それで、クラウスを連れてきた」

「……僕ならできるとか、そういう持ち上げはいらないから、ロイ」

「持ち上げてはおらん。事実だ」


 再び、疑惑の眼差しを一身に受けて、僕は大きくため息をついた。

 だいたいこういうところがダメなんだ、ロイは。

 昔からそうだ。


 自分以外の人間にあんまり興味がない。

 だから、周りからどう思われるかを気にしていない。

 たった一人を除いて。

 まあ、本当は僕もそんなに変わらないんだ。


 ――変わったとすれば、僕らじゃなくて、彼女の方だ。


「さて、理解を得られたところで、作戦を説明しようか。ま、そうは言っても居場所がわかっているのだから、簡単な話だ。突入係、封鎖係、そして万が一の追撃係――」


 ようやく説明に入ったロイの声を聞き流し、僕は空を見上げた。

 柄にもなく思い出す。

 きっと、ロイが近くにいるからだろう。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 僕とロイが幼馴染である、という表現は、実際のところ間違っているわけじゃない。

 僕は絶対に認めないけど。


 その頃、僕らはたまに、いや――ううん、もう少しはっきり言えば、だいたいいつも一緒にいたんだ。

 もう五年も前の話。ロイと僕、そして彼女――今はもういない、あの子。


 思えば、すべてあれがきっかけだった。

 僕が今みたいに空ばっか飛ぶようになったのも。

 ロイが、今みたいに自ら危険に飛び込んでいくようなスタイルを取るようになったのも。

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