8.悔しがりの空挺騎士

 爆風と衝撃で、空気がびりびり鳴る。

 音の出どころは――方角から言って、たぶんパレードの現在地点。


『シィラン、応答しろ!』


 隊長の冷ややかな声が、いつもより少しだけ焦っている。

 僕らは並んでパレードの方へ向かったが、その間もシィランからの応答はなかった。


 近づくほどに惨状が明らかになる。

 遠目からでもくっきりと煙が立ち上っている。

 逃げ惑う人々とその騎馬エアロバイク幌騎車キャリッジ


 人の流れに逆らって飛ぶ。

 塵と埃の舞う中、爆発の中心には大きなクレーターができていた。


 こんなの慣れてる。慣れてるはずなのに。

 瓦礫に紛れて散らばっているのがエアロバイクの部品だなんて、気づかなければよかった――


「――シィラン!」


 隊長の声に顔を上げる。

 騎馬を降りた隊長が駆け寄る先に、煤と血で黒く汚れたが落ちていた。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 病院の廊下は静かで、座っているだけの時間はまるで永遠みたいに思える。

 たった数分の時間が、何時間も何日もに歪んで伸びる。


 本当は、僕にできることはなにもないし、ここにいる必要性もない。

 だけど、隊長は僕に、シィランが乗せられた救急車アンビァランスを降りろとは言わなかった。

 それを頼りに、僕はただ黙ってここで待っている。


 ひどい爆発だったらしい。

 アイギス=システムの隙間を突くように、自爆兵が飛び込んできたんだって。

 盾は、外からの攻撃にめっぽう強いけど、内側に入り込まれたらどうしようもない。

 それを知ってての攻撃だっただろうし、そんなことこっちだってわかっていた。

 隙間をかいくぐってくる敵を想定していたから、エクリュ隊長はいつでもシィランのサポートに入れるようにしていて――


 わかってる。

 連携が崩れたのは、隊長が僕の方にフォローに来たからだ。


「はぁ……ああ、もうクソ」


 思わず洩れたため息を、自分の喉をぶん殴って黙らせた。

 僕が、シィランのこと考えてるなんて、どうにもおかしい。


 だって僕はシィランのことなんか好きじゃないし、なんなら早く墜ちろよって思ってたし、いつだってふざけてて僕よりちょっとばかり速いってだけでちゃらんぽらんだし、そのクセすぐ「一緒にメシ行こーぜ」とか言ってくるし、イライラしてるのは僕だけだって思うとますますムカつくし。


 一人で黙っているのは苦手じゃない。

 だって、空を飛ぶのがいちばん楽しい。

 飛んでいるときは、一人だ。

 この世に、騎馬と僕と空しかなくなる。


 それと一緒だ。今だって、ここには冷たい廊下と僕しかない。

 なのに――こんなにも悔しいのはなんでなんだ。


 かつん、と靴音が鳴る。

 顔を上げると、隊長がいつもの無表情で立っていた。


「エクリュ隊長……」


 無言で僕にうなずき返して、抱えていた資料を僕に渡してくる。


「状況は悪い。かいつまんで説明するが、どうやら爆発で吹っ飛ばされたのは護衛騎士ばかりのようだな」

「……シィランは?」

「どうやら他の護衛騎士をかばったらしいな、あいつらしい……付近の見物客にはほとんど被害はないが、シィランの怪我がいちばん酷い。しかも、責任者のシィランがやられた隙に、護衛対象の第一皇女殿下を攫われてしまった。狙撃も自爆も行われただけで大問題だったが、なおのことだ。現在、我々空挺騎士団は今回の問題の責任を問われている」

「そんなことはどうでもいいです。シィランの容態はどうなんですか!?」


 説明を遮られても、エクリュ隊長は嫌な顔ひとつしなかった。

 ただ、一度だけ瞬きしてから、話を続ける。


「一命はとりとめた。今は眠っているが」

「……そう、ですか」


 よかった、と素直に思った。

 思ってから、自分でなんだか悔しくはなったけど。

 思わず座り込みそうになったところに、目の前の扉が開いて白衣の男が姿を現した。


「隊長さん、怪我人が意識を取り戻しましたよ。ちょっと色々と……その」

「ああ、今行く」


 エクリュ隊長が即座に踵を返し、病室へ向かう。

 僕は慌ててその背中を追った。

 僕がついてきていることに、どうやらエクリュ隊長は気づいていないらしい。隊長らしくもない、とは病室に入ってから感じたことだけど。


 真っ白な病室のいちばん奥に、たくさんの管につながれたシィランの姿があった。


「……エクリュ、と……ああ、クラウスか」


 掠れた声も、開ききってない瞼も、ぜんぜんシィランらしくない。

 なんだよ、心配させて。ほんとヘタなんだから。

 そう憎まれ口を叩こうとしてから――息を吸った瞬間に、僕はそのことに気づいた。


 白いシーツからはみ出した右腕――二の腕の先が、なくなっていることに。


 ぼんやりと僕を見たシィランが、僕の視線を追いかけて自分の右手を見る。

 あるはずのものが、そこにはない。

 皮肉な表情で唇をゆがめた。


「はは、これじゃアクセル回せねぇじゃん……」


 ぽつりと呟いた彼の声は、妙に空っぽで。

 あんまりにも空虚だから、僕はなにかを言わなければという柄にもない使命感に襲われた。


「バカじゃないの、飛ぶことにこだわってないなんて言ってたくせに、そんな顔してさ。義手でもなんでもつければいいだろ。それが嫌なら、ハンドルの左にアクセルもつけてもらえよ。飛びたいなら、なんだって方法はあるし――」

「――クラウス」


 とん、と背中を叩かれる。

 振り向かなくても、エクリュ隊長の手だってことはわかった。


「お前が泣いてどうする。外で頭冷やしてこい」


 隊長ったら、なに言ってんだか。

 誰が泣いてるって言うんですか。

 ああ、はいはい。僕が邪魔なら、すぐ出ていきますよ。


 ……なんか、そんなことを言い返そうとして、でも口がうまく動かないから、僕は黙って病室から外に出た。

 時々、ぐっと喉の奥から空気の塊がこみあげてくるのが鬱陶しくて仕方ないし。

 自分の方がよっぽどつらいくせに、なんかかわいそうに、みたいな目をしてるシィランときたら鬱陶しいを通り越してほんとに死んでほし……死んで、はほしくないから、まあ生きてたのはよかったかなって思うけど。


 とにかく、病室を出て、でも静かな廊下でえぐえぐ言う自分の声が響いてるのが嫌だったから、外に行こうと出入口へ向かう途中で、反対側からこちらに向かってくるそいつに気づいたのだった。


「……なんだ、幼馴染殿。ひっどい顔だな」

「っう、うるっ……さい」

「はん、泣き虫は変わらずか。人に懐きたがりの甘えんぼ騎士よ」

「おまっ……お前――君にはっ言われたくっない!」


 途中で声が裏返るのは、怒りのせいだ。そういうことにした。

 慌てて目元をごしごし袖で拭い、ロイに向き直る。


「なんだよ、黒百合騎士団ヴェンデッタナイツの隊長殿が、こんなとこになんの用さ?」

「なんの用? そんなの決まっとる。お前を誘いに来たんだよ」


 少年時代によくそうだったように――遊びに誘うような何気なさで、ロイは僕の方へ手を差し出した。


黒百合うちのものがうまく後をつけたようでな。第一皇女の居場所がわかった。お前が一緒に来るというなら、他隊とは言え協力作戦の名目で連れて行ってやるが」

「皇女に興味なんてない」

「ふむ、じゃあ言い直そう。このままやられっぱなしでいいのか? 負けず嫌いの悔しがり殿」

「……勝手なあだ名をつけるなよな」


 目の前に差し出されたままの手のひらを、僕は力いっぱいはたき返す。


「――やるに決まってんだろ、わかってて聞くな、嫌味野郎」

「そうくると思った」


 にやりと歪められた唇を、無理に視線から追い出した。

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