6.目立ちたがりの空挺騎士
パレード当日。
既に周囲の建物は、窓も屋上もなんなら壁面もびっしり人で埋まっている。
地上からの見物客も多少は来るだろうと思っていたが、もともと皇族は地上に住んでいる。こうまで人手が増えるのは想定外だ。
僕はアクセルを戻したまま周囲を見回した。
さすがに、皇女それぞれの
『第二皇女リーリア殿下が地上メディアで相当煽ったらしい。『皇族初の超高高度パレード』だと』
「……なるほど。これも計画のうちということでしょうか」
『さてねぇ、単にご本人が目立ちたがりってだけなのかもしらんけどさ』
『第一皇女の言じゃないが、それを利用して計画をうまく運ぼうとしている存在はありそうだな。まあ、いずれにせよ、俺たちのターゲットはそちらじゃない』
「はい、実行犯の方ですね」
事前にシドレッタ殿下から見せてもらった計画には、大まかに次の二つがあった。
一つ、狙撃によるシドレッタ殿下殺害計画。
二つ、自爆による見物客の殺害計画。
もちろん、どちらが実行されるのか、どちらも実行されるのか、さもなくばどちらでもない第三の計画が実行されるのかは、現時点ではまったくわからない。
「……けど、よかったんですか、結局は変更ほとんどなしで。シドレッタ殿下の見せてくれた計画書、あれに合わせてもっと護衛の予定を変更した方がよかったんじゃ」
『いや』
『そりゃ皇女殿下を疑うわけじゃないけど、あの計画書を丸ごと信じることはできんしね。そもそも、狙撃も自爆も想定しての現配置だよ、少年』
「シィランには聞いてないです」
『おい』
『……いや、まあ大枠はシィランの言う通りだ。それに』
「はい?」
『いちばん肝要な部分を変更した。最初は経験を積ませるため、お前に盾を預けようかとおもってたが』
通称盾――アイギス=システムと呼ばれる対遠距離装備だ。圧倒的な防護力を誇り、想定されうるあらゆる攻撃を受け止めることができるとして、空挺騎士団でもいくつか保持している。
メリットは、その異常なほど高い防御力、そして持ったまま移動できる可動性。
デメリットと言えば、めちゃくちゃ重いことと、その防御範囲が著しく狭いこと。
少なくとも、全方位を完全に囲むなんて使い方は原則として不可能だ。数人がかりでそれぞれの担当範囲を決め、状況に応じて移動しながら防御することで運用する――そういったタイプの装備なので、基本はチーム行動がメインになる。
協力・協調・友愛――僕に預けるのは完全に間違いだ。たとえ、指示される側だったとしても。
「ああ……僕そういうの苦手なんですよね」
『知ってる』
『知ってる』
「声そろえて言わなくてもよくありません?」
自覚があるのと他から指摘されるのは全然違う。
百歩譲ってエクリュ隊長に言われるのはいいが、シィランにまで言われる筋合いは――いや、まあどっちかってとシィランの方が隊長より協調性はあるタイプなのだが。
『だから、盾はシィランの指揮に任せることにした』
『エクリュが総指揮、おれが防御』
「――で、僕が攻撃、と」
思わず唇が歪むのを、抑えられない。
飛行、追跡、接敵――誰よりも速くターゲットに近づき墜としてやる。
ほかでもない、僕が。
『その役割を入れ替えただけで、計画への対処としては十分だろう。違うか?』
「いいえ」
僕は、
「任せてください」
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
十分ほどの時間をおいて、幌騎車は二つ発車する。
先を行くのは、
そして、後から行くのが僕たちアプローズナイツと第一皇女シドレッタ殿下だ。
出発前のわずかな時間、配置につくヴェンデッタたちとすれ違う。
いちばん後方を、部下たちを見下ろすように飛んでいた騎馬が、僕の愛騎リグレットに気付いて、するりと下りてきた。
顔が見えるほど近づいてきた相手は、いつものようにヘルメットを身につけていない。
「よう、幼馴染殿。ご機嫌か?」
「……ちょっと、ロイ。こんな日までヘルメットなし? メディアの撮影も入ってるんだぞ」
僕もバイザーを上げると、ロイは騎上からはみ出すほどにぐっと身体を近づけて来た。ホールドができている証だ。下半身の筋肉をよく鍛えているな、なんてことを思ったが。
呼吸すら感じられるほどの近くで、ロイが囁く。
「……お前、エクリュからもう聞いたか? 例の狙撃手の裏にいるヤツ」
「狙撃手――ああ、国家反逆罪で君が連れてったヤツか。うまくいったの、拷問?」
「尋問だ。間に何人か捨て駒を噛ませやがっていたが、色々無理筋を通してもいたからな、だいたい予想はできる」
「ふーん、それ、隊長はもう聞いたんでしょ? なら、僕は隊長から聞くからいいや」
そもそも、どこの伯爵やらどこの貴族やら名前を聞いたって、僕にはそれがどんな相手かもわからないので、聞く必要がない。帝国超高高度騎馬大会の上位入賞者だったらだいたいわかるけど。
教えなくていいぞ、という気持ちをまなざしに込めたが、無駄だった。
「それがいくないのだ。シーフォス伯爵だそうだぞ。薄々予感はしていたが、マズいな」
「だれ?」
「バカ、いくら上流階級に興味がないと言ったって、ちょっとは自分の今いる立ち位置を固めておけ。第二皇女リーリア擁立派で、今回のこのパレードの主催者だよ」
「つまり、イベント主催自らが引き込んでる暗殺計画なの? 負け戦じゃないか」
「そうだよ、お前らはな」
「……あ゛?」
思わず睨みつけてしまった。
が、ロイはせせら笑うように僕を見下ろし続けている。
足を揃えて並べば僕の方が身長は高いのに、今は斜め上にロイの騎馬が停車しているために、この位置関係である。ムカつく。
「狙われてるのはお前の護衛対象だぞ。負け戦なのは俺たちじゃない」
「……本気で言ってる?」
護衛対象が誰であろうと同じだ。
もし、シドレッタ殿下になにかがあれば、
つまり――僕が飛ぶ場所がなくなるってことだ。
僕でさえそう考えているというのに、ロイが気付いていないはずがない。
ロイは表情を変えないまま、僕の傍からゆるゆると騎馬を離していく。
「それが嫌なら、真面目に戦え。いつもいつもピーキーなセッティングで来おって」
「僕にとってはこれが最善で最速なんだ」
「ならば、それを証明せよ。いいか、俺には俺の仕事がある。いくらコトがエアロナイツ全体の問題だとしても、お前が苦労することが予想できても、助けに行ってやることはできんのだから、自分でなんとかしてもらわねばならん」
「……それってさ」
離れかけたロイの肩に、僕は手をかけた。
一瞬ぐらついて寄った横顔に尋ねる。
「それってつまり、僕のことが心配でわざわざそれ言いに来たってこと?」
「――んんんんん、それがわかっとるならしゃきっとせぃ、幼馴染殿!」
ばしんと強く手を振り払い、ロイはそのまま騎馬を上昇させた。
低回転から突然高速を出すことができない僕のリグレットでは、それを追うことはできないし――そもそも、追う必要もないだろう。
去っていくヴェンデッタたちの隊列を見ながら、僕もまた持ち場へと向かった。
あのツンデレがわざわざ発破をかけにくるくらいなんだから――目に物見せてやらなきゃね。
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