5.煽動される空挺騎士
パレード前日。
帝都は既にお祭り状態。
地上と同じく、超高高度でも今日限りの珍しい出店が並び、あちこちで祝砲がわりの花火が鳴っている。
建物の屋上も窓辺も人でいっぱいだ。
上から降ってくるのは、花びらに、火の粉に灰。時々アルコールの雫も混じっている。
地上に落ちる前に
縦横無尽に行き来する
時折、僕たちの正体――制服に刻まれた
先を行くシィランが声に向け手を振り返すのを見て、僕は流し込む
『――おい、あんま一人で先に行くなよ。お前だけ到着しても仕方ないだろ』
「遅いヤツが悪いんですよ、シィラン」
『まあ、そう言うな。
脇から、エクリュ隊長の声がなだめるように割り込んでくる。
僕は大人しく「わかりました」と告げ、隊長の横に並ぶようにアクセルを戻した。
『へー、相変わらず隊長殿の指示には従順ですこと』
「当然でしょう。上意下達は組織のキモです」
『いや、お前忘れてんの、おれもお前の上司なんだぞ?』
「だからって上司面して全部いうこときかせようっていうのはパワハラでしょ。パワハラ上司に従う筋合いはないので」
『……全部でなくていいから、二人とも少し黙ってくれ。そろそろ到着するぞ』
『はいはい、了解』
「了解です」
隊長の言葉通り、前方に停車した幌騎車の影が見え始めている。
目立たぬ程度に装飾を抑えつつも、よく見ると最新型の警備システムが入っていてずいぶん金がかかっているとわかる。手彫りの装飾や、控えめに使われている純金の縁飾りも、ぱっと見は質素だが実際のところいくらかかるものなんだか。
「ふぅん……腐っても皇族ってことですかね」
『もう黙れって。聞こえるぞ』
親民派といってもこんなものか、とやや理不尽な失望を感じてしまう。
まあ理不尽だというのは自覚してるから、シィランの叱責にも今回だけは大人しく口を閉じるけど。
僕らが幌騎車の脇に停車するとすぐ、待っていたかのように扉が開く。
後部座席から、笑顔の女性が一人顔をのぞかせた。
「みなさま、お疲れ様です。前日にわざわざごめんなさい。まずはどうぞ、中へ」
侍従を通さず直言で手招きする女性の顔に、僕らは当然見覚えがあった。
第一皇女シドレッタ殿下――明日の護衛対象だ。
ゴシップ誌にでかでかと載せられた写真そのままに、穏やかな笑顔を浮かべている。美人ではないが、目がぱっちりしていて愛らしいとは思う。
少しばかり記憶と食い違っているとしたら、栗色の瞳はどこか楽しげで、地味な顔立ち全体に生き生きとした魅力を与えていることくらいだろうか。
僕らを代表して、エクリュ隊長がヘルメットのバイザーを上げ、騎馬の上で胸元に手をあてて礼を返した。
「お構いなく。こちらこそ、騎乗のままで失礼。ですが、時間もさしてありませんので、どうかこのままお願いします」
「わかりました。では、そうしましょう」
ともすれば事務的にも思えるほど説明の少ない隊長の言葉にも、シドレッタ殿下は笑顔で頷いた。
お高くとまる皇族貴族の中には、「眼前で下馬しないなど何事か」とキレ散らかす輩がいるのも既に経験がある。実際のところ超高高度で騎馬を下りると落ちて死ぬわけだが、普段地上でしか過ごさない彼らにはその辺り理解の範疇外のようで。
くわえて、時間がないのはこちらの問題ではなく、先方から通達されたシドレッタ殿下の予定時間なのだが、エクリュ隊長はその辺りに一切言及しなかった。
世渡りのヘタさというか、口下手というか――まあ、とにかくそういうのにあんまり興味がないひとなのだ、エクリュ隊長というひとは。
それなのに、わずかも嫌な感情を見せずこちらの提案を丸のみするとは――この皇女、なかなか懐が深いじゃないか。先ほど微かにおぼえた反感が、それなりにとけた気がする。
隣でシィランが『お前、単純だな……』と呟く声を、きっちりマイクが拾っていたので、そっちは後で殴るつもりだが。
「では、手早くまいりましょう。明日の護衛、突然の話で驚かれたでしょうが、どうかよろしくお願いいたします」
「仕事ですので、お気になさらず」
「仕事だからこそ、です。強制的にあなた方を巻き込むのは心苦しい……ですが、この事件は私個人の話で終わりません」
エクリュ隊長が微かに頷いた。
たぶん本当に「仕事だからな」くらいに思ってるんだろう、というのは僕とシィランにはわかってしまうのだけど。
皇女殿下はそこのところをどうとったのか、気にした風は見せず話を続けている。
「私の命を狙う相手にはいくつか心当たりがありますが、明日動くのはその中でも第二皇女リーリア様を擁立する一派でしょう。ここまでの経緯と調べた内容で、そのように可能性を絞りました。明確な証拠もお見せできないまま、私の言葉をどこまで信じていただけるかはわかりませんが……」
「黒幕に興味はありません。必要があれば、そのように捜査の指示が下りるでしょう」
冷ややかな隊長の声にも、皇女は動じない。
「ええ。派閥の中心付近、黒幕の捜査はこちらで対応いたします」
「……それでもわざわざここまで来られたのは、我々が対応すべき実行部隊――明日の襲撃について、なにか情報があるからですね」
「はい。私の一存で、入手した犯行計画の一部をお持ちしました。絶対に外には出せないしろものです。今すぐご覧になって。そして、おぼえられる範囲で活用してください。それ以外、複写も持ち出しも許可できません」
「結構。拝見します」
騎上の隊長の手に、数枚の紙がわたる。
隊長は手早くそれに目を落とした後、シィランと僕に騎馬を近づけ、目を通すように指示を出した。
僕らはそれぞれバイザーを上げ、書類を読む。
明日のシドレッタ殿下に対する襲撃――その実行部隊の配置予定が書かれていた。
記憶しているパレードの進行予定と重ね合わせながら、僕は頭の中で、見慣れた超高高度のルートを辿る。……うん、なるほど。いいタイミングで仕掛けてくる。
隊長の手に返した書類は、そのまま皇女へ渡された。
シィランが隣で呻いているのは、おぼえきれないからだろう。いい気味だ。いつも僕に書類仕事を押し付けようとする報いだ。
「既に予定された配置があるでしょうに、直前で余計な手間をおかけするようですが……」
「情報はあればあるだけいい。その真偽と対応策はこちらで判断します。それが我々の仕事ですから」
「職務に忠実なのですね。ふふ、頼りにしてます。なんたって、空挺騎士でも名の知れたアプローズナイツですもの。これでリーリアも少しくらい懲りるかもしれません」
くすくす笑い出したシドレッタ殿下の顔は、えらく楽しそうだ。
直接ではなくても、腹違いの妹から命を狙われてるというのに、なんでそんな顔で笑えるんだろう。
「あの……」
思わず声を上げた僕に、シドレッタ殿下の栗色の瞳が向けられる。
「なにか」
「あの、失礼ですが、ずいぶん暢気なご様子に見えます」
「おま……クラウス!?」
「いいのです、続けてください」
「懲りる懲りないなんてレベルの話じゃないでしょう。ご自分の命を狙う妹殿下に対して、怒りとか憎しみとかないんですか」
「ああ、そうですね……」
思案は一瞬。
答えはすぐに返ってきた。
「あの子が悪くないとは言わないけれど。リーリアはまだ幼いんですもの、周りにそそのかされているだけです。あの子自身も煽動されている……ある意味被害者です。問題は小さな少女を利用しようとする大人たちだわ」
「それにしたって、自分が死ぬかもしれないのに」
「もとより私の命は国のものです。生まれたときに片側の血が私をそう定めづけました。リーリアもまた同じ。だから彼女は、私にとっては大事な妹であり、大切な国民であり……そして、未来の戦友でもあるのよ」
からかうようなウインクを受けて、僕は大人しく頷いた。
飛ぶことだけがすべての僕には理解できない理論だ。大人しく受け入れるしかない。
だって、想像を超えてるだろう? 生まれた時から自分の命は自分のものではないなんて。それをこれまでずっと強要され続け、その上自分でも認めて生きてきたなんて。
理解はできない。賞賛もしない。だが、まあ――
「……ま、理解できないって僕もよく言われますしね」
「え?」
「いや、こっちの話です。状況は把握しました」
僕の言葉に、シドレッタ殿下は花がほころぶような鮮やかな笑みを見せた。
「わかっていただけたなら嬉しいわ。今日は私、このために来たのだもの」
「このために、ですか。さっきの計画書を見せるためじゃなくて?」
「いいえ、それは手段であって目的ではないわ。今日の目的は、あなた方にお願いをすることよ」
「お願い、とは」
僕の問いかけに殿下が唇を緩めた瞬間、正面のエクリュ隊長が教科書を読むようなつまらなそうな声で割り込んだ。
「――明日の実行犯を逃がすな、殺すな、捕縛しろ、ですね」
「あら、さすがアプローズナイツの隊長さんね」
「それを糸口に黒幕に切り込むつもりでしょう。逆の立場なら俺もそうするし、さっきの計画書の対策案はどれも犯人を捕縛する前提で立てられていたから」
それを聞いて、はじめてそのことに気付いた。
犯人を捕縛するなんて僕らにとっては当たり前のことだが、国家反逆罪なんて重い罪――しかも現行犯なら、むしろ取り押さえるどころかその場で射殺されても当然だし、その選択肢があってしかるべきだ。
はっとして横を見ると、シィランはまだ首を傾げている。少しばかり溜飲が下がる。気付かなかったのは僕だけじゃないらしい。
皇女殿下はぱちぱちとまばたきをしてから、これまで以上に嬉しそうな顔をした。
「本当に優秀ですのね。普通なら、皇族を前に『この場でおぼえなさい』と書類を差し出されたら、余計なことを考える余裕なんてなくなるでしょうに」
「俺が指名されたってことは、余計なことを考えるヤツの方が向いている仕事だってことだ」
「ええ、優秀なら優秀なほどいい。それが私の結論です」
「言ったでしょう、これはただの仕事だ。ただし、俺はどんな仕事に対しても、できるだけのことをやります。そこに二言はありません」
エクリュ隊長の淡々とした、だがけして違わない約束を聞いて、皇女はゆっくりと頭を下げた。
「……では、どうかよろしくお願いします。あなた方がどうであれ、私はあなた方アプローズナイツを信じます」
「引き受けました」
短い返答とともに、皇女殿下の幌騎車はがちゃりと扉を閉じ、彼女の姿をその奥へと隠した。
幌騎車のエンジン音が唸り出すと同時、僕たちは彼女の行く先も見送らないまま騎馬のアクセルを開けて反転し、事務所へと戻ったのだった。
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